千曲川

大島博光記念館へようこそ。
長野詩人会議が中心となって建設運動をすすめ、2008年7月にオープンしました。
愛と抵抗を歌った博光の詩の世界にふれていただけます。


絵日記

7月25日 金曜日 晴
しのずかさんのうちに きんぎょを一ぴきと きんぎょの子どもを四、五ひき かんからにいれて もっていきました。しのずかさんのうちにはきんぎょが二ひきいたけれど 一ぴきしんでしまったので きんぎょをもっていってあげるのです。しのずかさんがなごやからもってきたももを五つもかごにいれてくれました。ぼくはおれいをゆって うちにさっさと帰りました。

*篠塚さんは市営住宅に住んでいたインテリの夫妻。奥さんが「こどものアトリエ」を開いていて、ぶうわと弟がここに通って絵を教わっていました。「♫むかし アヒルは からだが おおきくて・・・♫」という歌を教わったのが懐かしい思い出。博光さんと知り合いだったようですが、くわしくはわかりません。


絵日記

7月24日 日曜日 晴
うちじゅうで80円のすいかをたべた。
さらのうえにのせてたべた。おとうとのは すいかから しるがたれていました。
8分くらいですいかをたべてしまいました。
おひるすぎにこうりメロンをたべた。ぼうしをわすれたので おじさんがぼうしをもってきてくれました。かえりにのぶおちゃんがじてん車にのっけてくれた。

*日曜日で母もお店(花屋)が休業なので、家族がそろって一緒にスイカを食べられたのですね。

絵日記723


7月23日 土曜日
ゆうがた おふろにはいって ゆかたにきかえて だい六小学校にえいがを見に行った。だい六につくと ほかりくんたちやござにいたので いれてもらいました。しばらくすると えいがをしはじめました。東京ニュウスがいちばんはじめでした。まんがもしました。
マラソンのえいががおも白かった。ぜんぶで三つした。帰る時とちゅうでおかあさんがむかえにきた。

*校庭の上に張られたスクリーンは夜風に吹かれて映像が揺れました。漫画はディズニーのミッキーマウスだったと思います。テレビがない時代、学校でやる映画が一番の娯楽でした、「風の又三郎」や「われは海の子」を見たことを覚えています。



石関みち子さん(長野詩人会議)が朗読

鳩
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絵日記722

7月22日 金曜日
ほかりくんとでべやきゅうをした。
ぼくはキャッチャーでした。
さくらいくんとほかりくんがホームランをうちました。とちゅうのくみかえをしました。ぼくのほうは ほかりくんにきんちゃんの三人でした。
やきゅうはぼくたちのほうがかちました。
よるおふろにはいった。

*でべ野球:ゴムのボールを使い、投手はホームベースの前でワンバウンドするように投げる。バッターは握りこぶしをバット代わりにして打ちます。タイミングが取りやすいので打つのが面白かった。
*近所に空き地があり、子どもたちはここで野球や相撲、チャンバラなどをして遊びました。



絵日記

7月21日 木曜日
ほかりくんたちとくちくすいらいをした。ぼくたちのほうは、ぼくがたいしょう、中学一年の早川くんがすいらいで、ほかリくんの弟のきんちゃんがくちくでした。むこうのでんしんばしらとこっちのでんしんばしらがじんちです。ぼくは三年二組さくらいくんにつかまえられましたが、もういっかいやりなおしました。
おかあさんがくつしたをかってきてくれました。

絵日記
絵日記


小学3年の時の絵日記がでてきました。60年も前のふだんの生活や友だちのことがわかって懐かしいです。
絵はいい感じですが、年令の割に文章が拙く、漢字が使えていなくてショック。最後のページに担任の先生のコメントが書いてありました。<大へんりっぱなえにっきです。級として最上のものです。保存しておきましょう。>
*自分のことをぶうわと呼んでいました。母親が「坊や」と呼んだことが語源だったそうで、結婚した時に相手から使用禁止を命じられました。



華やかで楽しい「花のワルツ」! チャイコフスキー大好き!

宮林

神野優子・宮林陽子ヴァイオリンコンサート(2017/6/17、松代文化ホール)にて
ピアノは中川真由美さん。


神野優子・宮林陽子ヴァイオリンコンサート(2017/6/17、松代文化ホール)にて長野詩人会議の平由美子さんが朗読しました。

平 

神野優子・宮林陽子ヴァイオリンコンサート(2017/6/17、松代文化ホール)にて長野詩人会議の水衣糸さんが朗読しました。

朗読

神野優子・宮林陽子ヴァイオリンコンサート(2017/6/17、松代文化ホール)にて長野詩人会議の皆さんが朗読しました。
 1,君は大島博光を知っているか 
 2.きみがやってくると
 3.春がきたら
 4.友よ わたしが死んだら 
 5.千曲川 その水に 
 6.鳩のねがい

朗読
ときざわの佐々木家のこと

 前橋市の北にある時沢地域に静江の母親・鈴木さわの実家があった。古くからの医家で、佐々木医院を開業していた。静江も子供の頃はよく遊びに行って愛着があったようで、「ときざわの佐々木家」の名をよく口に出し、帰省したときに子供たちを連れていったこともある。
 最近、佐々木医院の佐々木惠子さんからのはがきが見つかった。博光の『老いたるオルフェの歌』寄贈への礼状であった。

 春の陽射しが眩い季節になりました。
 御健勝にてお過ごしの御事と存じ上げます。
 さて、この度は詩集「老いたるオルフェの歌」をお送り頂き 誠に有難うございました。子供の時は一緒に遊んで、楽しかった思い出一杯の静江さんでしたが、近年はあまりお会いする事もなく、たった一度、もう10年位前でしようか、訪ねて来て下さいましたが、その時はこれが最後などと全く思って居りませんでしたので、何気なく別れてしまいましたが、でも、あの時お会いしたから、今静江さんのお顔を思い出す事が出来ますが、そうでなかったら、子供の頃のお顔しか知らないで済んでしまったのではなかったでしょうか。
 お送りいただきました詩集の詩の一つ一つを拝見させて頂き、静江さんは幸せだったんだなあ、と羨ましくなってしまいます。
 有難うございました。この御本は大切にして折にふれ読ませて頂き、静江さんを思い出すよすがに致したいと存じます。
 時節がら御自愛のほど祈り上げます。
  3月23日
大島博光様
                  佐々木惠子拜

 母を連れて最後に前橋を訪問した時のことが思い出された。
 静江が足が不自由になって療養していた頃のある日、前橋に行きたいというので二人で日帰りドライブした。言われるままに運転して着いたのが前橋の郊外の畜産試験場だった。あたりは田園地帯で、桑畑が広がっていた。静江は桑畑の一画に立ち止まり、懐かしそうに見やりながら立ち尽くしていた。青春時代の思い出に浸っているようであった。誰との思い出なのか、想像してみた。博光とのデートは軽井沢が中心で、わざわざここまで来る必然性がない。前橋高女の教師に失恋したと語っていたが、当時は教師とのデートなど考えられない。女学校の遠足で来て楽しいことがあったのかもしれない。
 ドライブの第二の目的地・佐々木医院は車でそこからすぐの所にあった。私を廊下のような所に残して静江は奥に行った。医者になった私を佐々木家の人に見せたかったようだが、先方が忙しかったようで、会うことはかなわなかった。私を会わせることは出来なかったが、静江にとって惠子さんと最後の顔合わせが出来て無駄ではなかったのだ。

静江

静江のアルバムに貼られていた女学校時代の大きく引き伸ばした写真。畜産試験場もこんな雰囲気だった。



バッハ

アクト・クラシック!! 2017+こども演劇ワークショップ公演「バッハひはん論」
バッハの名曲の生演奏を背景に二人の俳優が物語を進めます。武井雷俊さんと間瀬富未子(ませふみこ)さん。
間瀬富未子さんはナレーターとして全体をリードする重要な役ですが、優しい心地よい語りに魅了されました。バッハの妻アンナ・マグダレーナ役も演じ、バッハへの愛情、子どもたちへの母性愛をみごとに表現しました。

バッハ

バッハを「古くさい・時代遅れだ」と批判して問題提起したシャイベ役が武井雷俊さん。「時代は変わりつつある。古い教会の権威や難しい音楽技法から決別して、人々が自由に楽しめる音楽をつくるべきだ」と熱く語ります。バッハへの批判と、その音楽の魅力のあいだで苦悩するシャイベ。
そして二人はダンスを踊り始めます。優雅に、楽しげに。

バッハ

音楽家による演奏も素晴らしかった。「ゴールドベルク変奏曲」(ピアノ)、「二つのヴァイオリンのためのコンチェルト」に感動。「トッカータとフーガ」をヴァイオリンとチェロで演奏してびっくりしました。「シャコンヌ」は情感のこもった15分におよぶ変奏曲を細川奈津子さんが熱演。結びは「G線上のアリア」。バッハが私たちに捧げてくれた優しい優しい音楽。

子ども

子どもたちも楽しそうに演じていました。またやってね!歌ったり踊ったりできたらすごいね!

バッハ




白バラ




ヤナギラン






雪