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千曲川

大島博光記念館へようこそ。
長野詩人会議が中心となって建設運動をすすめ、2008年7月にオープンしました。
愛と抵抗を歌った博光の詩の世界にふれていただけます。




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(『文化評論』1974年9月号)

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(『文化評論』1974年9月号)
 
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[『愛と革命の詩人ネルーダ』──戦争とファシズムに抗して──マドリード(下)]の続きを読む



上


(『愛と革命の詩人ネルーダ』)

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ネルーダ、アルベルティ、セルヌーダら 1935年、マドリードにて




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(『愛と革命の詩人ネルーダ』)

パン焼き所
パン焼き所

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今日の散歩は千曲川右岸の堤防道路・赤坂橋付近から南に向かいます。
高速道路(長野自動車道)の向こう側、鞍骨山(左)と天城山に囲まれた地域が松代町の西がわ・清野地区になります。
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幹線道路を渡ってすぐ、小学校がありました。
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清野小学校。金次郎の像があって、古い学校のようです。
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すぐ先に鳥居が見えたので行ってみると、
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妻女山への散策路、わずか7分で展望台に着くというので、喜んで行くことに。
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すぐにイノシシの防護柵。扉が沈んでいて開けるのが大変でした。
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厚い落ち葉の道、人が通った形跡はありません。
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すぐに展望台が見えてきました。
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妻女山展望台
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川中島の合戦のおり、上杉謙信はここに陣取って戦場を展望したのでした。
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北側の展望。眼下は岩野地域の畑と千曲川河川敷の畑。遠景は雄大な飯縄山と槍ヶ岳。
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妻女山招魂社は戊辰戦争で戦死した松代藩士52柱を祀るために建てられた神社だと。
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立派な句碑、深谷ラン生句碑とありました。地域の俳人だったようです。
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神社の下は参拝するための石段になっていました。
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帰り道、清野小学校を経て東に向かうと、廃線になった長野電鉄の線路の跡が歩行者道路と草場になっています。
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畑の向こうに奇妙山、皆神山、狼煙山など、松代の東がわの山々。右手前が地下壕のある象山。
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左(北)に曲がると、畑の先にマイホーム、レストランはなやの草色の屋根が見えてきました。
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春のようなそよ風のなかを6Km、気持ち良い汗をかきました。




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(『愛と革命の詩人ネルーダ』)

草花 





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(『愛と革命の詩人ネルーダ』)

木





きこり


(『愛と革命の詩人ネルーダ』)

木



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中


(『愛と革命の詩人ネルーダ』)

トリトン




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(『愛と革命の詩人ネルーダ』)

濠




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(『愛と革命の詩人ネルーダ』)

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