千曲川

大島博光記念館へようこそ。
長野詩人会議が中心となって建設運動をすすめ、2008年7月にオープンしました。
愛と抵抗を歌った博光の詩の世界にふれていただけます。




男まさりに

 ルイズ・ミシェルの流刑の宣告の翌日、一八七一年十二月、ヴィクトル・ユゴーは、『男まさりに』という讃歌をルイズに書き贈った。しかし、ルイズがこの詩を読んだのは、十七年ものちの、一八八八年であった。ユゴーの讃歌は、きわめて調子の高いものである。

 ルイズは、ニューカレドニア島に八年の流刑を科せられる。流刑を終わって故国に帰るや、彼女はふたたびその筆と声とをもって闘争を始め、示威運動の先頭に立った。 彼女は、人民からは尊敬され、ブルジョアからは憎悪される象徴的な人物となる。しかし、彼女の政治的思想は、依然として矛盾にみちたものであった。 彼女はふたたび投獄され、一九〇五年、この「コミューンの赤い処女」は、その任務を果たして死んだ。
 詩人アシル・ル・ロワは、つぎのような詩で、ルイズを讃えている。
(つづく)

(新日本新書『パリ・コミューンの詩人たち』──パリの女たち)

ルイズ




ジャンヌ・マリー

(新日本新書『パリ・コミューンの詩人たち』──パリの女たち)

パリ・コミューン




パリの女たち3


<『ジャンヌ・マリーの手』へつづく>

(新日本新書『パリ・コミューンの詩人たち』)

写真




パリの


(新日本新書『パリ・コミューンの詩人たち』──血の週間)

女




パリのどんちゃん騒ぎ


(つづく)

(新日本新書『パリ・コミューンの詩人たち』──血の週間)


女





パリ

(新日本新書『パリ・コミューンの詩人たち』──血の週間)

パリ





山を


(パブロ・ネルーダ『百の愛のソネット』)

山


バラ
賑やかに咲くザ・フェアリーが咲いてきました。スロースタートですが、これからずっと咲き続けます。
バラ
入口のザ・フェアリーは大きな株に成長!薄い桃色、赤ピンク、赤の三種類あります。
バラ
ロープ仕立ての春風。たわわに咲いているのに花持ちもいいです。
バラ
バラ
木に絡ませた大きなつるばら、白いボビー・ジェームス(右)が満開。
ポールズ・ヒマラヤン・ムスク(左)もうすピンクですばらしい風情でした。
バラ

バラ

バラ
バラ
バラ
バラ
見事に咲く赤いつるばらトラディション95。遅咲きなのに今年はバラまつりの頃から咲き続けています。
バラ
秘密の花園?



マチルデへ

(角川文庫『ネルーダ詩集』1975年)

百の愛


パブロ・ネルーダ
百の愛のソネット 目次

マチルデ・ウルーティアに
(朝)
1 マチルデよ……
2 くちづけに辿りつくまでの
3 はげしい恋びとよ
4 おまえは思い出すだろう
5 大地と 養分にみちみちた
6 森のなかで道に迷い
7 「一緒になろう」と
8 もしも おまえの眼に
9 うち寄せる波が
10 音楽や森のように
11 おれはおまえの髪に
12 女ざかりの女よ
13 おまえの足の先から髪へと
14 おまえの髪をほめ讃える閑が
15 おまえがこの地上に生まれてから
16 おまえという地球のひとくれを
17 火を吹く火矢のような カーネーションよ
18 山をゆくおまえは
19 おまえが イスラ・ネグラのあわだつ白い泡や
20 私の意地悪さん……
21 どうか愛が
22 どれほど おまえを愛したことか
23 ひかりは火となり
24 恋びとよ 恋びとよ
25 恋びとよ おまえを愛するまで
26 グァテマラの ドゥルチェ河の
27 裸のおまえは
28 恋びとよ 穀物から穀物へ
29 おまえは 貧乏な……
30 おまえは 群島の落葉松から
31 南部の月桂樹と
32 朝の家は 羽根や敷布が乱れ 
33 愛する妻よ さあ
(昼)
34 おまえは海の娘だ
35 おまえの手が おれの眼か
36 愛するひとよ セロリとこね鉢の女王さんよ
37 おお 狂おしいまぶしさよ
38 正午 おまえの家は騒騒しい
39 ところで おれは忘れていた
40 静けさまでが緑に染まり
41 ひややかな正午(まひる)が
42 おお 海の波にゆすられる
43 おれはおまえの面影を探しまわる
44 おれがおまえを愛し
45 たったの一日でも
46 いろいろな川や
47 おれは振り返って 枝のなかのおまえを見てみたい
48 しあわせな二人の恋びとたちは……
49 昨日は 昼の指と
50 コタポスは言う
51 おまえの笑いは……
52 おまえが 太陽に向い
53 さあ パンも 葡萄酒も
(夕ぐれ)
54 絶対の房 垂直的な正午の
55 棘(とげ)や 割れたグラスや
56 いつもおれの背後に
57 かれらは おれがもう月を失くしたと
58 文学の烙印を押す 御用批評家たちの
59 哀れな詩人たち
60 彼らはおれをおとしいれようとして
61 愛は 苦悩というお供をつれてやってきた
62 なんとおれたちの不幸なことか
63 おれは行く かつて海に埋もれた塩の花が
64 おれの人生は たくさんの恋で
65 おまえはいったいどこにいるのか
66 おれはただ おまえを愛しているから
67 「南部」のどしゃ降り雨が
68 この木彫りの娘は
69 おまえがいなかったら
70 どうやら おまえの生命の放つ
71 苦悩から苦悩へと……
72 愛するひとよ 冬がまた街街にもどってきて
73 おまえはきっと思い出すだろう
74 道は 八月のにわか雨にぬれて
75 おい 見ろよ おれたちの家と
76 ディエゴ・リヴェラは 熊のようなしんぼう強さで
77 今日とはまさに今日だ
78 おれには まったくなにもない
(夜)
79 夜には おまえの心臓をおれの心臓と
80 ながい 苦しい旅から
81 さあ おれの眠りに
82 愛する人よ さあ
83 夜 ぐっすりと眠りこんで
84 愛するひとよ またみんな昼の網(あみ)から
85 海から街の方へ
86 おお 南十字星よ
87 海鳥が三羽 三つの光線
88 また三月が 陽射しをしのばせて
89 おれが死んだら……
90 おれはもう死ぬかと思い
91 寄る年波は 霧雨のように
92 恋びとよ おまえが死なずに
93 たとえいつか
94 おれが死んでも
95 だれが おれたちのように愛し合っただろうか
96 おまえがおれを愛してくれたこの時代も……
97 そのとき どこへ……
98 おれの一つの手が
99 ほかの時代がやってくるとき
100 大地の下で おまえを見つけ出そうと

解説
パブロ・ネルーダ  年譜

(角川文庫『ネルーダ詩集』1975年)

ネルーダ詩集




八番目



(パブロ・ネルーダ『百の愛のソネット』)

薔薇




一緒に


(パブロ・ネルーダ『百の愛のソネット』)

噴水




ソネット


(パブロ・ネルーダ『百の愛のソネット』)

森




マチルデよ


(「百の愛のソネット」)

薔薇

 「死んだ女の子」の詩人ヒクメットが1963年6月3日に亡くなって55年になります。同年8月の『詩人会議』にロシア文学者の中本信幸さんが「ヒクメットはバラの花のかおる歌をうたってきた」と追悼文を書いています。

◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 ヒクメットの死を悼んで なかもと・のぶゆき

 夜っぴて、モスクワからタス通信は世界のすみずみに悲しい知らせを打電していた。エーテルを伝って、寝ずの番のオペレーターの指先を伝って、口伝えでこの知らせは、ひたすら駆けっていた。ひとからひとへ。あくる日の朝まだき、アカハタ編集部の電話がぼくにこの知らせをとどけた。「六月三日、トルコの詩人、世界平和賞受賞者ナジム・ヒクメット心臓病のためモスクワにて死去。」

 開けてちょうだい たたくのはあたし
 あっちの戸 こっちの戸 あたしはたたくの
 こわがらないで 見えないあたしを
 だれにも見えない死んだ女の子を

 …………

 あなたにお願い だけどあたしは
 パンもお米もなにもいらないの
 あまいあめ玉もしゃぶれないの
 紙きれみたいにもえたあたしは

 戸をたたくのはあたしあたし
 みなさん 署名をどうぞしてちょうだい
 炎が子どもを焼かないように
 あまいあめ玉をしゃぶれるように

             (「死んだ女の子」より)

 「ヒロシマで「死んだ女の子」にたくして、平和の署名をうったえながらやさしく、やわらかく人びとの胸のなかに入ってゆくヒクメットの声は、すでに平和をねがう数千万人の声になっている。日本の平和運動の頌歌の一つになっている。去年のくれ、たまたま朝日新聞が目をとめた出来事が思い出される。九州の高校生たちが修学旅行の途次『死んだ女の子』の詩を募金箱にはりつけて、行きかう人びとに平和をうったえていた、と同紙は報じた。こういうことは、おそらく、見えないところで数知れず起っていることであろう。ヒクメットにはまた、第五福竜丸の漁夫たちを扱った『日本の漁夫』という詩がある。いくつかの戯曲が上演され、バレーにふりつけされている。日本人にとって、彼の名は近しい。ささいなぼく自身の経験を記そう。数年前、昼間働き夜勉強するひとたちに授業をしていたとき、ぼくはふっとヒクメットの詩句をつぶやいた。授業のおわったあと、娘さんが近よってきて、胸のポケットから紙きれをとりだして、いった。「ヒクメットの詩だったのですね。あたしこの詩好きになって書き写していたんですけど、今まで誰のか分らなかったのです。」白い紙片にはつぎの詩句がのっていた。

 いちばんすてきな海
   それは まだ見たことのない海
 いちばんすてきなこども
   それは まだ育ったことのないこども
 いちばんすてきな時代
   それは まだ生きたことのない時代
 いちばんすてきなことば
   それは まだいったことのないことば
   そのことばを ぼくはきみに捧げたい

 「空色の眼の巨人」ナジム・ヒクメットは一九〇二年に生れた。去年、盛大にこの詩人の六十歳が祝われたばかりだった。享年六十一歳。昔流なら、老齢で亡くなった。今流になら、若くして亡くなった。詩人としては、青春のさかりに亡くなった。蔵原惟人、あるいは中野重治も一九〇三年の生れである。ヒクメットを思うとき、ぼくは、中野につながる同年輩の先輩たちを思う。いろいろの国の先輩たちの運命の違いと同一性を思う。コムニストであるがゆえに、熱烈に祖国を愛しているがゆえに亡命の地で、たび重なる獄中生活の苦痛のためにいたんだ心と体をいだいて死んだ詩人を思う。一九四八年にヒクメットはうたっている。「先生/わたしの心臓の半分がここにあるとすれば/もう一つの半分は 中国にあるのです/黄河めざして流れる軍隊のなかに/それから先生/夜の白むころいつも/夜の白むころいつも/ギリシャで/わたしの心臓は射抜かれるのです/それから夜ごと夜ごと/囚人たちが寝しずまり/病監から最後の足音が消えるとき/先生/わたし心臓は出むくのです/イスタンブールに/古びたちいさな木造家屋がある路地に……/獄窓から夜をながめます/壁という壁がわたしの胸に重くのしかかろうとも/わたしの心臓はいちばん遠くにきらめく星とともに/鼓動しているのです」

 何回となく死を覚悟しなければならなかったナジムにとって、せめてもの幸せは、青年の日を過したモスクワ、レーニンの葬儀に儀仗兵として参列したモスクワで息をひきとったことであろう。モスクワはソヴィエトの都であるとともに新しい世界の都だ。一九五〇年に詩人は予言的に書いていた。「メメッドよ、ぼくは恐らく死ぬだろう/ぼくの言葉から遠くはなれて/ぼくの塩からパンから遠く/お前の母とお前とを慕いながら/ぼくの人民とぼくの同志とを慕いながら/けれどそれは亡命ではなく/異国ではなく/ぼくはぼくの夢のなかで死ぬだろう/ぼくのもっとも美しかった日の白い都で死ぬだろう。」(服部 伸六氏訳)
 モスクワで、彼は最後のメーデーをどうむかえたか。

     赤の広場

 メーデーに
 世界のありとあらゆる広場を
 赤の広場が通過する
 旗をもって 旗をもたずに
 歌いながら あるいは歌わないで
 けれど 世界のありとあらゆる広場を

 メーデーに
 世界のありとあらゆる希望のなかに
 赤の広場が入ってゆく

 メーデーに
 赤の広場が
 ありとあらゆる監獄のなかに
 ありとあらゆる独房のなかに
 闘入する
 自由を閉じこめているところに

 メーデーに
 赤の広場が
 ありとあらゆる緯度線の上を通過する
 陽の下を
 雨の下を
 雪の下を

 メーデーに
 全世界が
     赤の広場になる
 レーニンの演説した
 その広場に。

 平和と人類の進歩をめざす活動家としてナジムは多忙な生活を送っていた。彼の愛するマヤコフスキーのいう「社会的要請」に応じて、人民の闘いのあるところ、どこへでも飛んでいった。今日はカイロに、明日はワルシャワに、明後日はヘルシンキに、パリに、プラハに、ハバナにと飛んでいった。そのあいまに、あるときはジェット旅客機の機上で、ホテルで旺盛な創作をつづけた。彼の芸術のジャンルはひろい。詩、ルポルタージュ、小説、戯曲、評論、シナリオ、そのいずれでも独自な芸術を作り出していた。形式も多様である。それがもっともくっきりとあらわれるのは、戯曲である。メイエルホリド、ブレヒトらに学び、諸民族の民族伝統と現代文明の最先端の達成を結合させて舞台芸術の独自の領域をこしらえている。その土台にあるのは、なんといっても、リアルな現実認識、世界認識であろう。であればこそ、彼の芸術は直裁にぼくらの中にとびこんでくるのであろう。ナジムは、会うたんびに創作の計画をぼくに話した。最近数ヵ年のナジムは、ますます創作力がみなぎり、多作だった。作品と同様、人となりは満身に仲間たちへの愛情をみなぎらせていた。
 「ぼくの兄弟! 元気かい。」電話に出るナジムはぼくに呼びかけた。対談中、パリから電話が繋がった。「おい兄弟、たいへんなこった!」ナジムは叫び、なにか不幸な知らせなのだ。眼に涙がにじんでいる。彼は会うひとたちに、そういって呼びかける。彼のその声はぼくの耳に今だにひびいている。彼は演壇から、ラジオで、テレビで、詩で、「兄弟たち!」といって呼びかけてきた。
 兄弟たち! ナジムは息をとめた。彼に誓おうではないか。
 私たちの兄弟、ナジムよ、安らかにおやすみ。きみがうたってきた、うたおうとしていたバラの花のかおる歌を私たちはうたいつづける。きみがいつもいっていたように、私たちは歌がなければ生きられない。きみは、生きる、私たちの歌のなかに。
(六月十日)
 (引用の詩は飯塚書店『ヒクメット詩集』より)

(『詩人会議』1963年8月)

赤バラ