アラゴン『エルザの狂人』

ここでは、「アラゴン『エルザの狂人』」 に関する記事を紹介しています。
千曲川

大島博光記念館へようこそ。
長野詩人会議が中心となって建設運動をすすめ、2008年7月にオープンしました。
愛と抵抗を歌った博光の詩の世界にふれていただけます。


いまや語るのが作者なのかメジュヌーンなのか
わたしにはわからない(抄

                             アラゴン 
                             大島博光訳

わたしはわたしの夜から抜け出た わたしの苦しみから抜け出た
戸口の敷居にはぱっと陽が射していた
わたしに住みついてるものはみんなわたしから 水差しの水のように溢れてこぼれた
わたしはおのれの肉体と魂のことばを吐き 不眠のことばを口走った
ひとびとはわけがわからずに通り過ぎ あるひとびとは額にしわをよせ眉を上げた
しんじつわたしは街のことばや泉のことばで彼らに語りかけなかった そしていつでも 予言とはそのようなものだった
……

きみはわたしに耳をかさない そしてわたしは わたしは耳の聞こえないものとみなされている
何ものにも誰にも気がつかない風のような
わたしは扉を叩く するとわたしの手の甲は痛む痛む痛む
なかからひとひとりとして誰ひとりとしてわたしに応えない

わたしはきみの心臓を叩き そして呻いているのはわたしなのだ
きみはそれをひとつの寓話と思い込んでいる
きみはわたしに耳をかさない

きみはわたしに耳をかさない それはきみの悲劇なのに
たちまちたちまちそれがきみを傷つけるのをわたしは見た
それでもきみはわたしの叫びののなかにきみの叫びを聞きとらない
きみはわたしに耳をかさない

わたしはきみの傷口をまともに見つめる男だ
おのれ自身が描かれる鏡のように
わたしはきみの癩を噛みとりきみの火を燃やす男だ
わたしは明日のきみのすすり泣きを語る男だ
きみの血迷った頭をその二つの手のなかにかかえる男だ
わたしはきみのために砂漠で助けを呼びそののどは涸れ
その膝はかがみ その眼は蜃気楼に焼かれる男だ
あたりに冷たい水を探し 手のひらに数滴すくって よろめきながらもどってくる男だ
のどの渇いたとききみに自分の唾を与える男だ
わたしはきみのために手首を切る哀れな男だ
見たまえ見たまえ わたしは他者ではなくきみ自身だ
……

わたしはきみだ きみに言おう わたしはきみだ そしてきみのためにわたしは死ぬ
むごい沈黙 長い沈黙 そしてわたしはむなしく待つ
きみはわたしに耳をかさない

わたしは石の刃で足をすりむく
しかも苦しみがきみに与えられる場所にむかってわたしは歩いてゆく
わたしは息を切らし最後の力を使い果たしたわたしがきみに近づくと きみは道を変え てしまう
わたしは行く きみに向ってわたしは行く

ありようはあの山の国の幻覚に似ている
ひとはいつも頂上に辿りつくと信じ込んでいる
そこで登ってゆく登ってゆく すると頂上は向うに聳えている
登ってゆくきみといっしょに
そしてひとはまったくまだ斜面の高みにも到達していない
……

わたしは行くきみに向ってわたしは行く疲れを越えて
たとえわたしのこめかみが裂けようと たとえわたしが
雷にうたれた樫の木で 切り倒されねばならぬとしても 仕方がない
きみはわたしに耳をかさない きみはわたしの足音を聞いてくれない…

(「エルザの狂人」より)
 アル・アンダルシアの哀歌(抄)
                                 ルイ・アラゴン

まどろむ水のないこの国で
マホメット教徒の大奔流が
ひと春のように流れさった
とはいえ 七世紀のあいだ
嵐は荒れ狂い 渦巻いた
まどろむ水のないこの国で

血の匂いがするこの国で
剣の波がうねり流れた
そして後脚で立った馬のように
勝利者アラアは 埃(ほこり)の上を
通りながら 朱で書いた
血の匂いがするこの国で

柔かい石のこの国で
彼は再び道をのぼった
カルタで親になった女のように
火をくぐる火トカゲのように
黄土(オークル)や深紅(カルマン)の山山へ
柔かい石のこの国で

甘いオレンジのこの国で
道に迷った旅びとが
夜の息吹を聞きながら
朽葉色の影の中に坐っていた
黄金色の夜明けを待ちながら
甘いオレンジのこの国で

風の色をしたこの国で
なんともう秋だったのか
ひとは色づく大木に驚き
ここにとどまって夢みる
穏やかな単調な一日を
風の色をしたこの国で

金と銀のこの国で
テンパニイのように働き
みんな舞踏服を夢みる
野も町町もひとびとも
大気にはシンバルの匂い
金と銀のこの国で

このポエジイの国で
身は赤銅のぬくみをもち
くちづけは古いアジアの
秘密を追い求めるよう
夢想は生きるには美しすぎる
このポエジイの国で

神の香るこの国で
なんと黒い鷲がゆうゆうと
舞っては予言を垂(た)れることが
われらの生きざまへの懲罰を
恋人であることだけ夢みていたのに
神の香るこの国で

いきなり暗い危険に襲われ
脅やかされたこの国で
王たちよ 何が起きたのか
どんなドラマが生まれたのか
鏡に映ったおん身のおぞましさ
脅やかされたこの国で

大地の震えるこの国で
空は死にかけ 海は逆まく
おのれを救うすべはだれにもない
だれもおのれに不実でしかない
だれももう以前のままではない
大地の震えるこの国で

破局を迎えたこの国で
燃えさかる戦火のこの炎
わたしのことばを信じられよ
それは詩の一節の終わりとなる
明日は楽園から追放される
破局を迎えたこの国で

長詩『エルザの狂人』の中の一篇。イベリア半島におけるアラブの盛衰を歌ったものである。従来スペインにおけるアラブの盛衰、とりわけアラゴン国女王イザベラとカスチリアの王フェルディナンドの連合軍によるグラナダのマホメット王国の攻略の歴史は、勝利したスペイン側の資料によってのみ語られてきた。それに対して、アラゴンは敗北したアラブの側の資料によって『エルザの狂人』を書いたといわれる。

(『稜線』61号 1997年2月)

 座る場所の詩章(抄)
                          ルイ・アラゴン

わたしは砂漠の端(はし)に座っている
死とくちずけを歌いながら
そのとき 赤く染まった空は
おとぎ話の色をした未来の
紛(まが)うことない姿をわたしに示す

わたしは風のふちに坐っている
翼の音しか聞こえて来ない
「彼女」のざわめきは途絶え
「彼女」の嵐も消えかかっている
嵐のあとや前の雲の流れを変えて

わたしは海ばたに座っている
難破した者たちがぶつくさと
よその国ぐにについて語っている
あちらでもここでのように生きるのは辛(つら)い
だがかれらもおいらのように愛し合っていた

わたしは時間のはじに座っている
時は搏つ ますます早く搏つ
時は望むのか きみがわたしから去るのを
時をまねてゆくこの狂った心から
わたしはそれでも時を停められない

わたしは夢のふちに座っている
ひたすらきみを夢みる夢のふち
夢のなかのきみは屋根の上の星
夢のなかのきみはひと休みした苦しみ
夢のなかのきみはついに明け放つあけぼの

わたしは叫びのへりに座っている
度重ねた戦争と悲劇のふちに
わたしは賭けてわたしの魂を失った
いまやわたしの髪は灰色になった
わたしの愛したものは奪いとられた

彼らは言う 人めいめいに運命がある
いくら泣いても嘆いてもむだだと
彼らはわたしを聞くのか 何を聞くのか
すすり泣きも聞こえないあのひとたち
涙もかれらにはただの水に過ぎない

売り買いしか知らないその人たちに
きみのこの叫びがどうして見えよう
この叫びはあらゆる責苦から成り
あらゆる火とあらゆる灰から成る
どうしてかれらに聞くことができよう

殉難の世紀よ 傷(いた)めつけられた世紀よ
その口は血にまみれ血ぬられている
わたしは呻き声の中に座っている
苦しむだけでは足りないと言うのか
道行く人よ 行き給え 過去よ 過ぎ去れ

季節は季節はずれにやってくる
そこにはきみという地平線しかないだろう
おお 理性を失ったわたしの理性よ
こうして深夜が晝の日中に支配する
もうひとつの真晝は愛にぞくする

ある者の幸福がもはや他(ほか)のひとの
不幸によってあがなわれないなら
そのとき われらの歌だったこの歌は
きみの望んだ意味をもちながら
ほかの人たちの眼によって読まれよう

そのとき新しく開かれた 青空よりも
もっと青い道のうえに座って
そこでは何ものももう同じ尺度をもたない
きみの手のなかの人類の太陽は
素朴単純に言う これが明日だと

<訳詩集「エルザの狂人」草稿>
詩集 エルザの狂人 目次
1 巻頭の歌
2 
3 讃歌のなかの讃歌
4 姦淫の罪を犯した男(第4章)
5 
6 未来の歌
7 もぐりこんでゆくもの
8 エルザへの祈り
9 船乗りと詩人の寓話
10 アラゴン断章
11 座る場所の詩章(抄)
12 アル・アンダルシアの哀歌(抄)
13 むだな戦争
14 ちんぴらの歌
15 ロルカよ
  えにしだ
  エピローグ
  「エルザの狂人」について

*訳詩集「エルザの狂人」を草稿にまとめていましたが、出版まで至りませんでした。

エルザの狂人表紙

『エルザの狂人』

 四二五頁に及ぶ尨大な詩篇『エルザの狂人』は、一四九〇年から一四九五年にいたるグラナダ王国の没落に瀕した時期をうたっている。八世紀頃よりスペインを征服したイスラムの勢力も、キリスト教諸王国の国土回復運動によって、次第に土地を奪還されてゆき、十五世紀末、最後に残ったグラナダ王国も、ついにキリスト教王国によって滅ぼされる。グラナダ最後の王は、モハメッド十一世、ボアブディルである。この詩をかく前に、アラゴンはアラブの文化、その風俗、アラブの詩およびペルシャの詩、アラビア語などを研究し、スペインのアンダルシーアにまで出かけている。
 「エルザの狂人」という題名は、つぎのようなアラブの物語から由来している。すなわち、ケイス・イブン・アミル・アンナジジという男が、美女レイラを熱愛しており、レイラもかれを愛し、かれの妻となることを約束する。しかし、レイラの父親はこの結婚をゆるさない。こうしてケイスは悲嘆のあまり、放浪生活をおくり、吟遊詩人となって、レイラヘの愛を歌いつづける。こうしてケイスは「レイラの狂人」と呼ばれる。この主題は多くの作家によってくりかえし取りあげられるが、グラナダの没落する八年前、ペルシャの詩人ジャミの書いた『レイラの狂人』が、もっとも美しい歌として残っている。──この物語は、「エルザの狂人」という題名を作者に提供したばかりでなく、恐らく、この尨大な詩そのものの発想の源泉となっているのかも知れない。サドゥールも「吟遊詩人の叙事詩、中世の騎士道恋愛詩の源泉の追求が、アラゴンを、ボアブディル王の時代のグラナダにみちびいたのではなかろうか」と言っている。
 アラブの恋愛詩が、フランス中世の騎士道恋愛詩に影響を与えた点について、シャルル・ペラはその『アラブの言語と文学』のなかで書いている。
 「大ざっぱに言って、アラブの恋愛詩人の作品は、貞淑に愛したただひとりの女性にささげられている。詩人は、あらゆるアラブ人の愛と同様に不幸な自分の愛をうたい、じぶんの魂の苦しみ、絶望、苦悩を表現している。これらの詩人たちの多くは、そのうえ、狂人となる・・・」
 「興味ぶかいのは、この貞潔な愛、恐らくギリシャから受けついだこのプラトニックな愛が、古典的な主題となって、神秘的でロマネスクな作品を書かせる源泉となった。ついでそれは、スペインに受けつがれ、そこからわがフランス中世紀の騎士道恋愛詩にきわめて確実に影響を与えたのである。・・・これらの恋愛詩人たちの或る者は、コタイールやジャミラのように、歴史的な実在人物であったが、その他のある者、とくに、「レイラの狂人」と呼ばれたケイスなどは、物語の人物である・・・」
 また、十一世紀のアラブのもっとも著名な詩人であり、歴史家であり、モラリストであったイブン・ハジム(九九四年-一〇六四年〕も、愛の生成と発展、その本性、嫉妬、愛における誠実さ、貞潔などについて書き、愛の詩も書いている。かれは青年時代に、ヌムという娘を熱烈に愛する。かれはその書『トークT'awq』のなかで書く。
 「わたしは、彼女のそばにいる時のような真の幸福を味わったことはかってなかった。どうしても彼女を忘れることはできなかった。女と、こんなに深い結びつきを覚えたことはかってなかった。彼女への愛は、それまでのわたしのすべての愛を忘れさせ、その後のすべての愛をも色褪せたものにした。わたしは彼女を歌った詩から引用しよう。
 「・・・彼女はさしのぼる太陽のように輝いている。彼女にくらべれば、ほかの女たちはみな星でしかない」
 「彼女への愛は、わたしの心をまるで鳥のように胸の外へ飛び立たせ・・・わたしの心はあちらこちらと飛びまわる・・・」
 「わたしは自分の希望をしっかりと抱きしめていることができなかった。おまえがそんなに希望を与えてくれたので、わたしはもう希望などを気にしなくなった・・・」(『トーク』)
 このイブン・ハジムと、その愛の思想なども、『エルザの狂人』のなかに歌われると同時に、そのこだまは、つぎのような詩に見いだされるようである。

 幸いなるかな その者は
 おのが愛以外の歌には つんぼとなり
 おのが太陽以外の太陽には めくらとなり
 閉じた眼を ただきみにだけ向ける者は

 愛して死ぬ者は 幸いなるかな

 その者は.悶え苦しんで死んでゆくにもせよ
.きみなしでは この世はまやかしに過ぎぬ
 この世がきみの色あいをもつためには
 きみの名を呼ぶだけで こと足りた

 愛して死ぬ者は 幸いなるかな

 『火』や『もぐり込んでゆくもの』においては、詩人はおのれの死や死後について、その円熟した詩法を駆使して、詩的なファンタジーをくりひろげている。

 せめて苔むした掌(たなぞこ)で 雪どけ水でも飲んでいよう

 土の重みにおしつぶされた すみれの花の
 ほのかな香りに酔って わたしの足は千鳥足
                                         『火』

 などの枯淡な詩句は、なんとわが日本詩歌の「寂び」の境地にも相通じていることだろう。だが、『火』の主題が、むろん死の瞑想における「寂び」にあるのではなく、つぎの詩句に見られるような未来への委託と希望にあることは明らかである。

  もしもそこに エルザの名がなお輝いているなら
  もしもそこに 愛の言葉がなお熱く燃えているなら
  わたしは わたしに似た人たちの中に生れ変わる

 この長大な詩のなかで、作者アラゴンは、アラブの伝説の吟遊詩人ケイス──あのメジヌーンに自己を托し、かれの口をとおして自分のファンタジーや思想をうたっている。
 ここでは善と悪、戦争と平和、社会とユートピア、真実と偽善、愛と神、過去と未来などの主題が追求され、人間の意義、人間の悲劇、人類の未来について、情熱的な考察が与えられる。また、あのメジヌーンの口をとおして、エルザへの愛が抒情をもって歌われる。ここで歌われている「未来のエルザ」も、むろん詩人の妻であるエルザ・トリオレそのひとにほかならない。
 とにかく、こんにちの人間存在そのものの意義について予言的に歌っているこの尨大な詩は、アラゴンの到達した詩的な高みを示すと同時に、未来への偉大な委託の書であり、勝利の書であるということができる。ここにそれを詳述する余裕がないのは残念である。それには優に部厚な研究書が必要である。シヤルル・アローシュは二九八頁に及ぶ研究書『エルザの狂人とアラゴンの作品における愛の観念』をこの詩にささげている。ジャン・シェルの『アラゴン──愛のレアリスム』も、この『エルザの狂人』を主要の対象として扱っているのである。

<『アラゴンとエルザ 抵抗と愛の讃歌』(1971年)より>
エピローグ──『エルザの狂人』
                                  アラゴン
                                  大島博光訳

われらは二人でありひとつであった
少くとも少くともわたしはそう信じることができた
                                                   
われらとわたしは言った わがめまいの中でわれらと
そしてそば近くまた遠く離れてわたしは生きることになる
晴れた日や暗い日を過すことになる きみの膝で

われらと私は言った 幸せになるためにわれらは二人だった
私はそう言いかねる
どうしてどうしてひとが幸せだったと君たちは願ったのか
幸福のかわりに不幸を眼に見ながら哀れな恋びとたちよ

幸せになるためには 眼を閉じてはならない
しかも振られた男たちの多いこんにち
なんと生は燃え 風は灰の匂いをはこび
われらに血は騒ぐ

おお わが幸福よ 幸福は捉えられたろう
無知によって
しかも無知によって ひとはその代償を拂うことになる
世界はそこにあって われらはその苦しみから始める
いやでもおうでも

幸せな愛はない ご存じのように
そう歌われている
そう歌った男をひとは責めたて
われらの実例によって證しだてようとする
苦しみのなかに楽園のあったことを

暗い雲の下で ああ空は青いと信じたまえ
お好きなように
雨の降るときに 美しい太陽の歌を作りたまえ
ミカレームの木曜日にひとが変装するように
お望みならば

友よ友よ ひとは死ぬる限り ひとは呻めき
ひとは泣く
もしもわたしの二心ある心が 苦(にが)い鏡のように
苦しみの中に投げこまれて割れるなら
どうしよう

         *

きみの出現(プレザンス)を わたしは現在(プレザン)と呼ぶ
夢想と記憶のあいだ 夜と昼のあいだに
眠りと目ざめは たがいに釣り合い
たがいに区切りをつけ合う

            
わたしにはないものづくし(アブサンス)の記憶しかない
またわたしには 絶望の過去しかない
かってわたしは何者だったか 考え直す
きみを出発点として 鏡として

きみに似たものとして未来を思い描き
わたしはそこできみを知る
わたしは希望しか夢みなかった
明日を信じる愛しかもたなかった

もはやそこでは愛は狂気ではないだろう
そして死に抗(あらが)うわれらの備えは
われらのタベのあとの恋人たちにとって
愛の歌(ロマンス)となることだろう

 注*ミカレームの木曜日──復活祭に先立つ四旬節中の三週日の木曜日。子供たちが仮装などして楽しむ。

解説──この「エピローグ」は『エルザの狂人』の終曲をなすものであるが、それはまた詩人の人生の「エピローグ」をなすものともなっていると言えよう。なぜなら、ここには詩人がおのれの人生をしめくくつて歌う、自叙伝的な総括が見られるからである。そしてその主題はやはり愛と幸福である。幸福について教えは、

 幸せになるためには 眼を閉じてはならない

というものであり、それはこの世界を眼をみひらいて見つめなければならない、ということである。

 幸せな愛はない ご存じのように
 そう歌われている
 そう歌った男をひとは責めたて
 われらの見本によって詳しだてようとする
 苦しみのなかに 楽園のあったことを

 この節は、「幸せな愛はない」という詩集『フランスの起床ラッパ』に収められている詩について歌われている。のちにこの詩はシャンソンともなってひろく知られることになる。ところで、アラゴンのように幸せな愛をかちとった人が、どうして幸せな愛はないなどと書くのか、という疑問を多くのひとがもつことになる。F・クレミユも『アラゴンとの対話』のなかで、この疑問をアラゴンに投げかけている。
 「クレミユ──あなたは、この言葉とは反対の見本のように見る・・・
 アラゴン──・・・これらの非難への答えはかんたんなものです。この詩が書かれたのは一九四三年で、そこで歌われていることは、占領の不幸という事実に立って言われているのです。フランスの悲劇的な諸条件のもとで、どうして幸せな愛をもつことができたでしょう?・・・共同の不幸のなかでは幸福はありえないというのが、この詩でうたわれた主題です・・・」(F・クレミユ『アラゴンとの対話』)

        *
              
 わたしにはないものづくし(アブサンス)の記憶しかない

という詩句がある。このabsence は不在欠落と訳されるが、辞引には「いるべきところにいるべきものがいない」という意味だと出ている。日本語にはなじみにくい言葉のひとつと言えよう。この言葉の意味するところを、アラゴンの人生やその証言からみてみれば、つぎのように思いあたる。彼は私生児で、父親は本宅にいて、披の育った家にはいなかった。これこそアブサンスである。母親は姉という名義になっていて、その意味でアブサンスである。子供の頃、学友たちはカネをもっていたが、自分にはなかった、とアラゴンはどこかで書いている。これもアブサンスである。そしてエルザの出現するまで、彼にはほんとうの恋人はいなかったのではないか──これもアブサンスである。
 このアブサンスは、その前節の「きみの出現(プレザンス)」と脚韻をふんでおり、しかもその意味においては対比的であって、そこにポエジイが生まれることになる。とは言っても、わたしの訳語などではその妙味はとうてい訳出できていないことを嘆かずにはいられない。
(詩誌『稜線』2001年7月)

   火
                                       アラゴン


もう思い出せない 遠い歳月をへて わたしは辿(たど)りつく
わたしのドラマも終って ここに辿りつく
哀れなわが魂のうえの 土くれの上に
きみのこころをかぶせて 膝ついておくれ

来てくれるのは 何んにも生えぬ禿げ山から
ちょろちょろと流れてくる 雪どけの水ばかり
泣いてくれるものも 火を燃やしてくれるものもいない
せめて苔むした掌(たなごころ)で 雪どけ水でも飲んでいよう

季節はもう どこを移り変ってゆくことやら
沼のほとりの夜のなか わたしは夢みたものだ
君たちの打ち鳴らす 戦闘配置の合図の音を
おお むらがる悪夢よ わたしの悪夢よ

砕けたさかずきから こぼれ流れる酒のように
姿かたちもないわたしの亡霊は どこへ急ぐことやら
土の重みにおしつぶされた すみれの花の
ほのかな香りに酔って わたしの足は千鳥足

もう夜もふけて ひいらぎの茂みも静まった
いまはもう 亡霊が手をつないで踊るとき
いつ何時(なんどき)でもいいのだ どこへなりとかまわぬのだ
小さな穴さえあれば 降りてゆくのに事足りる

かってわたしは 自分の中を遠く降りて行った
わたしは 深淵のどん底まで 知りつくした
火をともしておくれ わたしらの見たものが
そこにいま一度 みんなの眼に見えるように

あの頃はまだ このわたしという 布地も
ぼろぼろに擦(す)り切れるのに 耐えていた
あの頃はまだ 心臓もちゃんと 脈うって
胸もときめき こころも躍ったものだ

わたしの辿った運命は 楽しかった
だが 一年また一年とかさねた 年月のように
重ねたすべての接吻(くちづけ)も いまは跡もなく消えてゆく
つめたい土のしたで眠る わたしの唇のうえ

燈明に火をつけておくれ もう 葬いも終ったのだ
来てくれた人たちや車にも お引き取り願おう
ここは わたしの死を告げる 憩(いこ)いの場なのだ
ここは わたしの最後に辿りついた 墓石なのだ

わたしは 過ぎさった過去を 一挙に思い出す
絶望にさいなまれて さまよい歩いた日々を
この世にすねるよりも もっと偉大だった愛を
たのしかったこと 苦しかったことのすべてを

それらのものが わたしを生き永らえさせてくれる
もしもそこに エルザの名がなお輝いているなら
もしもそこに 愛の言葉がなお熱く燃えているなら
わたしは わたしに似たひとたちの中に生まれ変わる

わたしの手は 人目にもつかぬ 石のうえ
もう手にふれる 人の言葉もあてにはしない
わたしはもはや 色あせた一つの歌でしかない
歌った歌いぶりだけが そこに残っているのだ

たとえ花ばなや花の香りが 消えうせようと
ねがわくば冬の野の いつまでも緑であるように
さてわたしは 亡き人たちの処へ降りてゆき
わたしはそこで 眼を大きく見ひらいていよう

愛も死もおなじように 世間を騒がせるものだ
わたしは 自分じしんの最後を見とどけたい
火をともしておくれ わたしはここにいるのだ
いまもなお愛を抱いて

ちんぴらの歌
                               ルイ・アラゴン
                               大島博光訳

ふところに小鳥と匕首を呑んだ
思い上った 横柄な若者たち
脚は 眼のように す速い

おお きみらが投げる石つぶて

夜 女たちに襲いかかる炎
他者の幸せを奪いさる嵐
娘っ子や子宝をかっ攫うやから

おお 生垣のなかのきみらの笑い

金をなくとも手に入れる
権利はなくとも 居すわる
灯の消えた街での喧嘩出入り
きみらには隣人をばらした血が匂う

おお 荒くれた 地獄の新入りども

壁も人間(ひと)さまも お構いなし
ひっくり返った 酒杯(さかづき)たち
楽しみは お濠(ほり)のなかに

おお 一か八か この世の狼ども

法を犯した女たちを犯すやつら
廿(はたち)で やばい暮らしに酔っぱらい
きみら 若い身空で首縊られる

おお 独り者のならず者ども

歯の白いうちに 神をののしれ
自分の魂のために 素足で祝い踊れ
街の隅の獲もののように

殺される前に 撃って出ろ

腕のなかで闇を絞め殺せ わめけ
神はくたばれ 愛はでっち上げだと
日々を藁のように折りしだけ

この世の終りのために生まれた若者たち


 この詩も『エルザの狂人』から訳出したもので、この詩の前に、つぎのような散文詩が書かれている。

 「・・・夕ぐれがオレンジのように落ちた。ひんしゅくを買う、破廉恥な格好をした若者の一隊が、街通りをのして行った。おお グラナダよ、おお 誘う町よ。ここでは、悪と眼がとても美しくて、ひとはそれを善と思い込んでしまう・・・ところで、彼ら、あの不逞のやからは、どんな歌をうたったろう?」
 むかしのグラナダにも、ドスをのんだやくざ者がいた。そうしてこんにち、ドスなどではなくて、核ミサイルをふりかざしたやくざ者が、世界をのし歩いている。
一九九七年          

ロルカよ
                                  ルイ・アラゴン

きみはわたしより一つ若かっただけだが しかしきみは永遠に
あの若者のままでいるだろう
永遠にあの若者でいて きみの白い髪や皺のよった額をだれも見ないだろう
きみの死刑執行人にお礼を言うことだ きみが思い描きもしない
あの老衰から免かれさせてくれたことを
フェデリコ・ガルシア・ロルカよ 結局最後にきみの名をわたしの口は呼ばねばならない

草刈り人はクローバーをなぎ倒し あとにバルコンの想いが残る
子どもはオレンジをたべる オレンジは血の色をしている
しかしバルコンを開(あ)けておいてくれときみは願ったがむだだった
もしもきみが死んだらときみの詩のなかで歌われたようにきみが死んだとき

おお 風のハンカチのうえに残る死の匂い
このきみの運命をスペインは辿ってゆく
死ぬべきひとつの世界が進み出てきみのあとにつづく
そうして前を行くあの男
夕ぐれ五時の無名の英雄イグナシオ・サンチェス・メヒアス
彼については誰もなんにも知らない 彼の家の蟻たちも
いちじくの木も牡牛も
なぜなら彼は「地球」のすべての死者のように永遠に死んだから
すべての死者のように彼をひとは忘れるから 抑えつけられて

犬たちの群のなかで
そうして彼の足跡の上を妖精のような人びとの群が進んでゆく
顔は爪でひっかかれ服はひき裂かれ 魂はかきむしられて
きみの歌った気高い言葉を歌いながら
・・・
おお 葬式のような不吉な集まりよ 残酷なパレードよ
かってきみの歌った言葉がほかの意味をもつ
  「夜ごとグラナダで
   夜ごとひとりの子どもが死ぬ」


  解説

 この詩は、アラゴンの長詩『エルザの狂人』の終りの部分にある。ここでは、ロルカの思い出とスペイン市民戦争の悲劇が歌われている。
 第二部の「バルコンの想い」は、ロルカの「もしもわたしが死んだら バルコンを開けておいておくれ オレンジをたべる子どもが見えるように」(大意)という詩にふれて書かれている。
 一九三六年七月、ファシスト・フランコは、スペイン共和政府と人民にたいして反乱を起こし、ここに、スペイン市民戦争の幕が切って落された。そしてよく知られているように、八月一九日、ファシストたちは早々にフェデリコ・ガルシア・ロルカを捕え、グラナダ郊外で銃殺し、血祭りにあげた。その後、スペイン人民戦線軍の英雄的な抵抗と敗北が、ロルカの死の「あとにつづく」。敗北した人民戦線の兵士の群や亡命者、難民の長い行列が、ピレネーの峠を越えて、フランス領へとつづいた。フランスの官憲もまた彼らを虐待した。
「顔は爪でひっかかれ服はひき裂かれ魂はかきむしられ・・・」
船乗りと詩人の寓話
                        ルイ・アラゴン
                        大島博光訳

とある日 ある夜 ある朝
きみは きみの運命の座に着く
姿かたちのない ほかのものにまじって
おお 詩人よ ほの暗いひかりよ

かれらとともに きみはきみの墓穴を掘り
かれらとともに 過ぎゆく時をかぞえる
時間の 谷間の どん底で
そこでは 鳩の歌も かすれ息絶える

きみは そこで 思い出したか
ジプシーと 天使たちのために
マヌエル・デ・フアラが 奏(かな)でた
あの 甘い ふしぎな 音楽を

だがしかし 音楽と 詩は 
突如として 消えうせた
きみは 庭を 思い出したか
きみ自身を 思い出したか

生か 死か きみはどちらを選んだのか
だが きみの 死への道に
野いちごの血は 黒かった
その時 きみの詩に何ができたろう

なぜなら やつらはきみを追いつめ
うさぎのように きみを射ったから
谷間にも 牧場にも
木いちごの実は 熟(う)れていたから

もう 見分けもつかぬだろう
きみの白い骨を ほかの頭蓋骨とは
そうしてグラナダと マリグラーヌとは
きみの詩と きみ愛した野とは

すでに かれの口から 雨水が 浸みこむ
眼ざしが消えるように 眼は大きく開けさせておこう
そうしてかれが この おのれの死に慣(な)れるように
かれの顔を ハンカチなどで 隠してはならぬ

そしてきみたち 時間の奥からやってきた亡霊たちよ
かれの死のうえにのぼって 歩哨に立て
星はそれぞれ一粒(ひとつぶ)の涙となり 空はきみらを見守る
雲のなかで凍(ほご)える 数限りもない 苦悩(くるしみ)の霊よ

人間の偉大さであり 気高(けだか)さであったすべてのもの
不正にたいする人間の抗議の声 歌ごえ 英雄たちが
あの死刑執行人(ひとごろし)どもに抗して この屍骸(むくろ)のうえ高く
きょう グラナダの虐殺の前に 立ち現われる

そして 世界じゅうを突如として沈黙でみたして
黙りこんでしまったロルカが その空(うつ)ろな口が
暴力のやからに向かって 暴力を突き返えすのだ
なんと 殺されたひとりの詩人がつくり出すこの騒ぎ

ああ わが野蛮な兄弟たちに わたしは絶望した
わたしは見た わたしは見た 膝まずいた未来を
勝ちほこる「野獣」を われらのうえの重石(おもし)を
われらの岸べに放たれた 兵隊どもの砲火を

やつらの手がふれると 匕首(あいくち)さえもぞっと身顫(みぶる)いし
豹さえもが怖れはばかる あの人殺しどもが
たとえ相も変わらず やつら同士の残忍な取引で
絶えず 大地のぶんどり合いをつづけようと

たとえ 相も変らず 王公どものたぐいと
ひれ伏す人たちとのいさかいや 戦争があり
歓迎もされずに 生まれてくる子供があり
いなごどもに食いちぎられる小麦があろうと

たとえ相も変らず 牢獄と車(くるま)刑の下の肉体があり
相も変らず  権力者によって正当化される虐殺があり
死骸には あの言葉のマントが 投げかけられ
口には猿ぐつわ 手には釘が うちこまれようと

だがいつか オレンジ色をした日がくるだろう
額に月桂冠をいただく 勝利の日がくるだろう
裸わな肩で 人びとの愛しあう日がくるだろう
鳥がいちばん高い枝で歌うような日がくるだろう

そして このうえもなく率直に愛する青春があり
つるにちにちそうのような 眼があり
ふくよかな香りと いっそう白い夜明けがあり
きみの腕がわたしを抱えてくれた あの無限の優しさがあるだろう

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わが心よ この悲しい涙の時に おまえはどこへ出てゆくのか

<訳詩集「エルザの狂人」草稿>