詩集 老いたるオルフェの歌

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千曲川

大島博光記念館へようこそ。
長野詩人会議が中心となって建設運動をすすめ、2008年7月にオープンしました。
愛と抵抗を歌った博光の詩の世界にふれていただけます。



きみの炎


(つづく)

<詩集『老いたるオルフェの歌』>
  静江の狂人
                 大島博光

 中世アラブ文学に『ライラとマジュヌーン』という悲恋物語がある。このアラブの伝承的な物語詩の主人公カイスは美しい娘ライラを熱愛し、ライラも彼の情熱にこたえて結婚を約束する。しかしライラの父親は二人の結婚をゆるさない。絶望と苦悩のあまり、狂ったカイスは放浪生活をおくり、吟遊詩人となってライラへの愛をうたいつづける。そこで「ライラの狂人(マジュヌーン)」というあだ名がカイスに与えられる。médjnounとはアラブ語で狂人、とり憑かれた者を意味する。
 アラゴンが『エルザの狂人』Le Fou d'Elsa という厖大な詩を書いたのは『ライラの狂人』に想を得てのことであろう。この詩のなかで、アラゴンはマジュヌーンの口をとおして歌っている。しかしアラゴンが歌うのは過去のライラではなく、未来のエルザである。
 「わたしは未来の美しさを見るために過去をもう一度思い描く」
とアラゴンは書く。

 そうしてもしもわたしが死んだ妻静江を狂わんばかりに歌って歌いつづけるならば、わたしもまた「静江の狂人」ということになるだろう。



愛するとは


(つづく)

<詩集『老いたるオルフェの歌』>
地獄のうた         
             大島博光

わたしはひとり 地獄におちた
きみと暮した 四十六年が 
あまり楽しく 幸せだったから
わたしはひとり 地獄におちた

わたしは抜け殻 もぬけの殻
風にからから 泣くばかり
枯枝のうえの 蝉殻のように
わたしは抜け殻 もぬけの殻

わたしはひとり 老いねばならぬ
あの木のように 枯れてゆくのだ
梢の方から 根っこから
わたしはひとり 老いねばならぬ

生きるのはもう 苦行だ責苦だ
眼はしょぼつき 息は切れる
壁をつたって 喘えぎあえぎ
生きるのはもう 苦行だ責苦だ 

しびれる足を ひきずって
わたしは夜を よろめきまわる
地獄のなかを のたうちまわる
しびれる足を ひきずって

地獄のなかで 地獄の火と
なおたたかって 生きたまえと
ペッシミストを きみははげます
地獄のなかで 地獄の火と

地獄でこそ 夢みることだ
地獄を出て 星を見る日を
みんなの未来を あけぼのを
地獄でこそ 夢みることだ

そうだ 枯木も夢みるのだ   
泉から 水は流れるだろう
春の香りを 風は運ぶだろう
そうだ 枯木も夢みるのだ

         一九九三年十月

(詩集『老いたるオルフェの歌』)


一九九四年二月九日



(詩集『老いたるオルフェの歌』)

*テキスト≫
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 きみのいない時間と空間のなかに
                               大島博光

きみのいない 時間と空間のなかに
わたしはひとり あとに残された
ただ泣くために 呻めくために

ある雪の降る日 きみが長野の駅に
みずみずしい姿を 現わしたときだ
わたしたちの物語が 始まったのは

きみがこんなに早く 倒れなかったら
冬に始まった わたしたちの物語は
永遠の春の物語に なるはずだった

そのとき 雪のなかに泉をさがして
ひとり さまよっていたわたしを
きみは 春の方へ連れだしてくれた

きみは 渇いていたわたしに
無限の扉を ひらいてくれて
わたしを よみがえらせてくれた

きみのおかげで 孤独者のわたしは
ひとびとのなかの ひとりとなって
みんなといっしょに 歩くことができた

きみのおかげで この人生を
わたしは 歩きながらうたい
うたいながら 歩くことができた

もしも きみに会わなかったら
吹きつける 吹雪の野っ原で
わたしは 行き倒れていただろう

もしも きみに会わなかったら
わたしは 荒野の荒くれのように
アナーキーに 荒れていただろう

もしも きみに会わなかったら
わたしは 深いよどみのなかに
足をとられて 溺れていただろう

きみを失った 孤独なわたしは
貝殻をなくした みじめな男だ
海の音をなつかしむ すべもない

わたしが 呻めき泣くのをやめるとき
わたしが きみを歌うのをやめるとき
わたしは 生きることをもやめるのだ

きみのいない 時間と空間のなかに
わたしは生きるために きみを歌い
きみを歌うために わたしは生きる

だが澱んでこもる水は 腐る
敵を見失って おのれの弱さや
くら閻にひたるものは崩れ落ちる

わたしも 涙を火に変えよう
きみを歌うことが他者をうたい
絶望にうちかつ希望の歌となるように

わたしは 歌のしらべを変えよう
きみの生と愛を うたうことが
死にうちかつ 生の勝利の歌となるように

そうだ わたしはきみを歌って光を歌おぅ
きみはいつも ヒマワリのように
太陽の方へ 顔を向けていたのだから

<詩集『老いたるオルフェの歌』1995年>

緑地

宛名はあっても0

宛名はあっても

 あけぼのの方へ

わたしは暗い深夜の通行人だった
目的(あて)もなく うたう対象(もの)もなく
恋びともなく ひとり悪夢の夜を
わたしは ほっつき歩いていた

そのときだ わたしの夜のなかに
そよ風のように きみがやってきて
空を赤く染める あけぼのの方へと
わたしを 連れて行ってくれたのは

やっと 深い長い地獄をぬけでて
夜空に 星を見あげたひとのように
わたしは 闇を照らす光をみいだし
生きるカを大地を みいだした

何かのぬけ穀のように 酔いどれて
千鳥足でさまよっていた わたしも
やっと 人間らしい足どりで歩き
みんなと 足なみを揃えようとした

ともすれば 道から逸(そ)れて迷いだし
みんなから はぐれるわたしを
きみは いつもひきもどしてくれた
きみは 弱いわたしの守護神だった

こうして 暗い深夜の通行人から
わたしは あけぼのをめざして歩く
たくさんの人びとのひとりとなった
あけぼののまたの名を 未来というのだ

                  一九九一年十一月
 きみとわたしは

永遠と瞬間の交差点で
この時間と空間の接点で
きみとわたしは 偶然のように
めぐり会った 必然のように

きみとわたしは いつもいっしょに
飲んで酔った おんなじ酒に
おんなじ音楽にききほれた
おんなじ夜を夢みて過した

きみとわたしは いつもいっしょに
あのアカシアの 林のかげに
おんなじ小鳥の声をきいた
つぶやく泉のうたを開いた

きみとわたしは いつもいっしょに
見とれて歩いた おんなじ花に
おんなじ山の峯にのぼった
山のうえの空は青かった

きみとわたしは いつもいっしょに
揺られて泳いだ おんなじ海に
おんなじ波の泡にまみれた
おんなじ砂に 身をよこたえた

きみとわたしは いつもいっしょに
燃えあがった おんなじ炎に
きみのおかげでしあわせだった
わたしの生は すばらしかった

わたしたちは歌うたいながら
前へ歩いた 太陽の方へ
みんなといっしょにたたかいながら
おんなじ道を 未来の方へ

きみとわたしも そんなにいっしょに
いられなかった この空間に
君は行ってしまった さっさと
わたしを残して 向う岸へと

いつも並んで かけたベンチに
散った銀杏の枯葉のように
いまやわたしもひとりぼっちだ
わたしも天から地獄におちた

きみの姿を見うしなうとき
きみをうたうのをやめるとき
わたしはたちまち腐ってしまう
まどろむ水は よどんでしまう

きみの眼と手を思い出すとき
きみの光と影をうたうとき
わたしはおのれから はみ出る
おのれの枠から 溢れこぼれる

永遠と瞬間の交差点で
この時間と空間の接点で
きみとわたしは 偶然のように
めぐり会った 必然のように

「老いたるオルフェの歌」

『老いたるオルフェの歌』 もくじ

序 詩
不幸は忍び足で
きみが地獄の岩に
もう思い出でしかないのか
きみはやってきた
きみがやってくると
きみはわたしを連れて行ってくれた
きみは大地を
妻静江を送る
最初の涙
きみはいまごろ
運命はわたしを
宛名はあっても
姐虫はもう
静江の狂人
  愛するとは
  きみの炎は
  わたしの失くした春の
  わたしのなみだを

きみは恋人をなくして
また春が
きみが一歩あるくと

きみといっしょに歩いた道
きみがこの地上に
どこに刻もう
きみのいないうつろな部屋は
きみを失って
地獄のうた
きみはどこにもいた
きみはさっさと
だれもわたしの歌を聞いてくれない
泣いてる男は
あけぼのの方へ
孤独な散歩者
きみはもっていた
灰を撒く
わたしは狂ってしまった
一九九三年二月九日
生と死が地つづきの
往生ぎわのわるい男は
きみとわたしは
愛の弁証法
きみのいない時間と空間のなかに
わが地獄の季節
わたしの不運は
もう行き暮れて
静江の希い
墓碑銘1
墓碑銘2
最後のうた
もしもわたしに
わたしは眠ろう きみといっしょ
わたしはそこに壮大な未来を見た
あとがき

宝文館出版 1995年2月9日 初版

老いたるオルフェの


 きみはいまごろ            
                  大島博光 

きみはいまごろどこらを歩いているだろう?
無限のどのへんをさまよっているだろう?
永遠のどのあたりでうたっているだろう? 

きみはやはりなつかしく訪ねて行くだろう
あのふるさとの利根川べりの敷島公園の
チャイコフスキーをかなでる泉のほとりを

きみはまた尾瀬や白馬のうえを飛んでゆくだろう
ヤナギランや日光キスゲやチングルマのうえを
センダイムシクイやメボソムシクイのあいだを

まもなくわたしもそちらへさまよってゆくだろう
そうして永遠のなか無限のなかにいるきみを
わたしはどのようにしてもさがし出すだろう

きみはきみの愛した大雪山の駒草のように
どこにいてもすぐわたしの眼につくだろう
そうしてわれらはまた二人いっしょになろう

思い出せばパリの東駅からサン・マルタン運河の
細い鉄の橋を渡ってコロネル・ファビアン広場へと
二人ならんで坂道を登って行ったときの楽しさ!

あの時のようにまた地図にもない見知らぬ国を
太陽も月も昇らない独裁者も死刑執行人もいない
未来のような国を二人ならんで楽しく歩いて行こう
  
そうしてもうひとりが先に行ってしまったり  
ひとりがあとに置いてけぼりに残されたり 
相棒がいなくなってひとり片棒になったり

もう二度と別れたり離れたりはしないだろう  
そうしてわれら二人は永遠の愛のなかに入ろう 
あの地上でのわれら二人の花咲いた春の日のように

              一九九三年二月二〇日

(詩集「老いたるオルフェの歌」1995.2)

静江の希(ねが)い
                       大島博光

わたしを生んで 洗ってくれた
利根川の水 荒ぶるところ
わたしの髪を 梳いてくれた
赤城おろしの 吹きすさぶところ

建ててくだされ わたしの墓を
あのアカシアの 林のかげに
あのアンダンテ・カンタービレを
つぶやきうたう 泉のほとりに


静江は少女時代、故郷前橋郊外の利根川の岸べの敷島公園の泉をチャイコフスキーの「アンダンテ・カンタービレの泉」と呼んでさまよっていた・・・

(詩集「老いたるオルフェの歌」1995.2)

紅梅
紅梅

庭先にきみが植えた紅梅が 花をつけた
その赤い花花も もうきみの眼には映らない

最初の涙
           きみが地上にいなくなった最初の日に
                                    大島博光
            
きようもまた この地上には風が吹いて
日はまた昇って 明るい明るい冬の日だ

だがもう きみはこの地上にはいない
わたしを支えてくれたきみはもういない

わたしを愛し生きさせてくれたひとは
わたしの腕の中からずり落ちてしまった

わたしのいのちそのものだったきみは
この地上から姿かたちを消してしまった

きょうもまた この地上には風が吹いて
日はまた昇って 明るい明るい冬の日だ

にじむわたしの涙のプリズムをとおして
日のひかりは虹となってきらめきかがやく

だが それはなんとうつろなひかりだろう
わたしにはなんとうつろな空間だろう

なぜなら かって光が照らしだしてくれた
血と肉と愛をもったきみはもういないのだから

           一九九三年二月十三日


静江

 妻静江を送る
                        大島博光

四年のあいだ パーキンソン病という難病は
きみを 病院のベットのうえにくくりつけた
日ごと 運動神経や運動筋肉は萎えてゆく
きみは ベットのうえで訴えつづけた

「家に帰りたい 早く家に帰りたい!」
その家にわが家に きみはやっと帰ってきた
もう 呼吸をしない冷めたいきみとなって
四年かかって やっとわが家に帰ってきた

生きるに貪欲だったきみの 逞しい生は
四年かかって やっと自分の死を死んだ
庭先にきみが植えた紅梅が 花をつけた
その赤い花花も もうきみの眼には映らない

四年のあいだ わたしは泣きつづけた
恥かしげもなく 泣いて 泣きわめいた
そのほかに どんなすべがあっただろう
そうしてわたしは思い出し 思い知った

きみを織りなしている繊維の質の純粋さ
その糸の美しさ その布地のあたたかさ
きみは 現実の泥にまみれて働きながら
その身にも心にも シミひとつつかなかった

わたしの病気と貧乏のどん底のなかでも
きみは敢然と立ち向かって くじけなかった
ひまわりのように きみはいつも輝いていた
たたかって生きる希望に 生きるよろこびに

黒を憎み くらやみに組することを拒み  
絶望を拒否したきみは 楽天主義の模範だった
きみのおかげで わたしは愛を信じることができた
きみのおかげで わたしは人間を信じることができた

もう きみが読んでくれることのないきみへの詩を
わたしはなおも 書きつづけなければならない
きみの大きな深い愛にこたえるために
そのほかに どんな手だてがわたしにあろう

こよいは きみが家にいる最後の夜だ
きょうは きみが地上にいる最後の日だ
これからきみはひとり 還ってゆく
きみが あんなに愛した大自然のなかへ

美をもとめ 高みのパノラマをもとめて
きみは四季の日本じゅうを歩きまわった
そしてヨーロッパのくにぐにを飛びまわり
カナディアン・ロッキーの雪を滑った

きみはたっぷりと働き たっぷりと楽しんだ
絵画や音楽を 山や草花や小鳥たちの歌を
その短かい生を 精いっぱい生き抜いた
その思い出と満足と 安らぎと愛を抱いて

きみ 遠く行きたまえ 永遠の旅を
はるか 春の香りのなか 無限のなかを
わたしはもう 泣くことをやめよう
地獄をぬけでて 太陽を見あげよう

       一九九三年二月十二日  


灰をまく
湯の丸高原で静江の灰を撒いたことを詩にしています。

 灰を撒

きょう わたしらは
きみの息子や娘や孫たちは
湯の丸高原のお花畑に
きみの灰を撒いた

きみの愛した湯の丸高原の
アイ色のあやめの群落や
満開の駒草の群落に
きみの灰を撒いた

灰となったきみが
生ける日のまなざしで
なお湯の丸高原の花ばなに
うっとりと見とれているように

きょう わたしらは
きみの息子や娘や孫たちは
湯の丸高原のお花畑に
きみの灰を撒いた

        一九九三年七月
     (詩集「老いたるオルフェの歌」)
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