さわやかな風
──わが友 奈切哲夫への挽歌
大島博光
奈切よ
奈切哲夫よ
こんなに ふいに
もの云わぬきみに語りかけねばならぬとは
こんなに だしぬけに
きみに別れのことばをかけねばならぬとは
いつきのうまで きみは
若わかしい精神でふるまっていた
まるで 永遠の青春をほこるかのように
病院でねているきみに
会いにゆく電車のなかで
ぼくは つぶやいたものだ
奈切よ 生きてくれ 生きてくれ
この地上に生きているかぎりは
どこへでも会いにゆくことができる
どんな遠いところへでも
きみを訪ねてゆくことができる
いまはもう それができない
新宿の街角で 西荻の駅前のあたりで
ひょっこりときみに出会って
酒をくみかわすこともできない
もう きみといっしょに
深夜の善福池のほとりへ
さまよい歩いてゆくこともできない
これからはもう 思い出のなかのきみに
会うしかない
「お-い」と 右手をかざしながら
きみはいつもさっそうとやってきた
澄んでやさしいきみの眼がそこにやってくる
きみのひろい額がそこにやってくる
すると そこにはもう
さわやかな風がそよぐのであった
詩のようなもの 音楽のようなものがただようのだった
詩をかくひとは多い
しかし その人間そのもの その存在そのもので
詩人であるような詩人はまれなのだ
凍てつく冬のなかで
きみは ぼくらを温めてくれる火であった
くらやみと まよいのなかでは
きみは いつも
人間であることの誇りを高くかかげて
ぼくらをささえ はげましてくれた
美への崇拝と 底ぬけの善意と
優雅さと 誠実さと
ひょうひょうとした自由さと 節度と
めざめていて 狂えるということ
このふしぎな均勢をもった精神
その高みからこそ
あのさわやかな風は吹いてきた
そうしてそれこそ
醜悪と俗悪とが支配しているこの世界で
きみがかちとった一つの勝利のしるしにほかならない
きみは 思い出のなかでも
あのさわやかな風で
ぼくらをつつんでくれるだろう
そうして いつまでも
生きてたたかう希望を
ぼくらに吹きこんでくれるだろう
奈切よ さわやかな風よ
では静かにやすんでくれ
(『奈切哲夫詩集』 1965.8)
──わが友 奈切哲夫への挽歌
大島博光
奈切よ
奈切哲夫よ
こんなに ふいに
もの云わぬきみに語りかけねばならぬとは
こんなに だしぬけに
きみに別れのことばをかけねばならぬとは
いつきのうまで きみは
若わかしい精神でふるまっていた
まるで 永遠の青春をほこるかのように
病院でねているきみに
会いにゆく電車のなかで
ぼくは つぶやいたものだ
奈切よ 生きてくれ 生きてくれ
この地上に生きているかぎりは
どこへでも会いにゆくことができる
どんな遠いところへでも
きみを訪ねてゆくことができる
いまはもう それができない
新宿の街角で 西荻の駅前のあたりで
ひょっこりときみに出会って
酒をくみかわすこともできない
もう きみといっしょに
深夜の善福池のほとりへ
さまよい歩いてゆくこともできない
これからはもう 思い出のなかのきみに
会うしかない
「お-い」と 右手をかざしながら
きみはいつもさっそうとやってきた
澄んでやさしいきみの眼がそこにやってくる
きみのひろい額がそこにやってくる
すると そこにはもう
さわやかな風がそよぐのであった
詩のようなもの 音楽のようなものがただようのだった
詩をかくひとは多い
しかし その人間そのもの その存在そのもので
詩人であるような詩人はまれなのだ
凍てつく冬のなかで
きみは ぼくらを温めてくれる火であった
くらやみと まよいのなかでは
きみは いつも
人間であることの誇りを高くかかげて
ぼくらをささえ はげましてくれた
美への崇拝と 底ぬけの善意と
優雅さと 誠実さと
ひょうひょうとした自由さと 節度と
めざめていて 狂えるということ
このふしぎな均勢をもった精神
その高みからこそ
あのさわやかな風は吹いてきた
そうしてそれこそ
醜悪と俗悪とが支配しているこの世界で
きみがかちとった一つの勝利のしるしにほかならない
きみは 思い出のなかでも
あのさわやかな風で
ぼくらをつつんでくれるだろう
そうして いつまでも
生きてたたかう希望を
ぼくらに吹きこんでくれるだろう
奈切よ さわやかな風よ
では静かにやすんでくれ
(『奈切哲夫詩集』 1965.8)
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