名古屋へ転勤した年の話─西條八束「大島博光さんをしのんで」(3)

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名古屋へ転勤した年の話       西條八束

 これも紀子から聞いたことだが、名古屋へ移って間もない一九五九年の秋、紀子が銀座の檎の木画廊で個展をした。そこへ雨の中を大島さんがご夫妻お揃いで見にきてくださった。奥様は「雨でお客さんも少ないから思い切ってお店を閉めてきてしまったのよ」と言っておられ、そのあと、夕飯をご馳走してくださった。奥様は明るい方で、お店も順調にいっているようだった。「うちの店はジャルダン・デスポアール(希望の園)というのだけれど、私が留守の時は、主人が気難しい顔をして奥で店番をしていると、せっかくお花を買いにきた人が、みんな逃げ帰ってしまうのよ」と言われると、大島さんが笑って、「僕が店番をしていると、たちまちジャルダン・デゼスポアール(絶望の園)になってしまうんだよ」と言っておられたという。
 また、その十数年後、たしか門田穣さんの一周忌の会に私が行けず、代わりに紀子が行って大島さんにお会いしたとき、「やっちゃんも、いいプロフェッサーになったねえ」と言われた後で、「彼も結構進歩的な思想の持ち主なんだね」と言われたので、紀子が「それは当然でしょう。だって大島さんの薫陶を受けて育ったのですもの」と答えたら、「ふふ薫陶ねえ!」とくすぐつたそうな顔をされたという。

(『詩人会議』2006年8月号)

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