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詩を書かない詩人と女と

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詩を書かない詩人と女と
                        大島博光

おれは 詩を書かない詩人だ
深夜の通行人だ とうそぶいて
あなたは 酒に酔っばらっては
夜の街を ほっつき歩いていました

あなたは ほとんど食うや食わずで
部屋代も払えず その日暮らしで
それでも 呑んべいの魔術で
酒だけは 酒場であふっていました

裏街の 暗い酒場の灯かげなどに
幸福が あろうはずもなかったのに
あなたは 渇いた森の獣のように
泉をもとめて さまよっていました

それが 絶望の一形式だったのに
あなたは ほとんど気もつかずに
虚無や忘却に 酩酊しながら
青春を 空しく濫費していたのです

そんなあやふやで あぶなっかしい
あなたのあとに ついてゆくほどに
向う見ずで すとん狂な女には
ついに わたしはなれませんでした

それにあなたも ついて来いとは
一度も わたしに言ってはくれずに
遠い世界の 夢のようなことばかり
うわの空で 口走っていたのです

もしも そんなあなたのあとを
わたしが のこのこついて行ったら
きっと わたしたち二人は道ばたで
のたれ死にをしていたことでしょう

そこまで思いつめるには わたしは
あまりにも平凡で 醒めた女で
死や 破滅への恐怖もてつだって
愛にも 眼がくらまなかったのです

それに あの無限だの 超越だの
永遠だの 絶対だの 純粋だのと
とりとめのない 詩人の世界など
わたしには 見えなかったのです

そんな 見せかけの美や無限よりは
わたしは 生を幸福を選んだのです
そんな 架空の絵空事や観念よりは
わたしは 大地を現実を選んだのです

それに 自分の内面ばかり覗きこんで
自分ひとりのことに かかずらって
ほんとうに ひとを愛することを
知らなかったのは あなたなのです

結局 ナルシスだったあなたには
他者も大地も 見えなかったのです
だからわたしは もっと大きな愛を
歌うたう明日の日を 選んだのです

おれは 詩を書かない詩人だ
深夜の通行人だ とうそぶいて
あなたは 酒に酔っばらっては
夜の街を ほっつき歩いていました

そのときにも たくさんの人民が
虐殺されていたのです 広場で
戦場で 刑場で 森のなかで
あなたは 見ぬ振りをしていたのです

(「冬の歌」)
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