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「赤いポスター」(中)

ここでは、「「赤いポスター」(中)」 に関する記事を紹介しています。
 さらに、もうひとつ、「赤いポスター」という有名な詩がある。このアラゴンの詩はのちにレオ・フェレによって作曲され、しらべも沈痛な歌となり、レコードとなって、ひろく知られるようになった。この詩の由来はつぎのようになる。
 一九四四年二月二十一日、マヌーシアン・グループと呼ばれる二十三人のレジスタントが、ドイツ軍に「テロ」を加えたという理由で銃殺された。ドイツ軍当局は見せしめのために、かれらの顔写真入りの大きな赤いポスターをパリじゅうの壁に貼りめぐらした。グループの指導者マヌーシアンは三十四歳で、国籍はアルメニア人であったが、ずっと前からフランスを第二の祖国として、進んでナチと戦っていた。彼はフランス義勇軍にぞくする隊長で、六〇回を越えるゲリラ作戦を行った百戦錬磨の戦士であると同時に、すぐれた組織者でもあった。さらにこのミッシェル・マヌーシアンは詩人であった。死の数時間前、かれは妻にあててつぎのような手紙を書いている。
 「一九四四年二月二十一日
 わがメリーネよ
 愛するわが親なし娘(オルフェリーヌ)よ
 数時間後に、ぼくはもうこの世にはいないだろう。きょう午後三時に、ぼくらは銃殺される。それはまるで、ぼくの生涯にふと起こった事故のようにやってくる。ぼくは事故とは思わぬが、しかしもう二度ときみに会えぬことを知っている。何をきみに書いたらいいのだろう?ぼくのなかで、すべてがごっちゃになっていると同時に、すべてがはっきりしているのだ。
 ぼくは解放軍に義勇兵として参加した。そして勝利と目的達成を眼のまえにして死ぬのだ。
 ぼくらのあとに生き残って、こころよい自由と明日(あす)の平和をたのしむ人たちに幸福あれ。フランス人民とすべての自由の戦士たちは、ぼくらの名誉をそれにふさわしく讃えてくれるものとぼくは堅く信じている。死にのぞんで、ぼくはドイツ人民にたいして少しも憎しみを抱いていないことを表明する・・・だれもがそれぞれ、賞罰いずれか、当然受けるべきものを受けるだろう。戦争はもう長くはつづかないだろう。戦争が終れば、ドイツ人民とその他すべての国の人民は平和と友好のうちに生きるだろう。すべての人びとに幸(さち)あれ。
 心残りは、きみを幸せにしてやれなかったことだ。できるものなら、ぼくはきみの子供がほしかった。きみもいつもほしがっていた。だから戦争が終ったら、どうか結婚して子供をもっておくれ。そしてぼくの最後の願いをかなえておくれ。だれか、きみを幸せにしてくれるひとと結婚しておくれ。ぼくのすべての財産と仕事を、きみときみの妹とぼくの甥に贈(おく)る。戦後、きみはぼくの妻として戦争年金を受けとる権利をもつだろう。なぜなら、ぼくはフランス解放軍の正規兵として死ぬのだから。
 ぼくを誇りとしてくれる友人たちの助けをかりて、ぼくの詩集と著作を出版しておくれ・・・できたら、ぼくの形身(かたみ)をアルメニヤにいる両親にとどけておくれ。ぼくはまもなく二十三人の同志といっしょに死ぬのだ。落ちついた人間の平静さと勇気をもって・・・
 きょうは太陽が輝いている。大好きな美しい自然と太陽を見ながら、ぼくは人生ときみたちみんなに、さようならを言おう。愛する妻と親友たちに・・・ぼくはきみをかたく抱きしめる。また遠くから、あるいは近くから、ぼくを見守っていてくれるきみの妹とすべての友人たちを。
 ぼくはきみたちみんなをわが胸に抱きしめる。さようなら。
                          きみの友、きみの同志、きみの夫、
                              ミッシェル・マヌーシアン」

つづく

(白石書店「レジスタンスと詩人たち」)
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