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『千葉北部診療所三十年』──発行にあたって  柴田照治

ここでは、「『千葉北部診療所三十年』──発行にあたって  柴田照治」 に関する記事を紹介しています。
北部診療所の創設期に診療所建設委員会に参加して奮闘した柴田照治さん(元千葉市議会議員)が診療所の30年記念誌の冒頭に30年の歩みの概括を書いています。

発行にあたって
              友の会副会長
              設立当時の建設委員  柴田照治

 「私たちの診療所」「親切で気もちのよい診療所」などと、天台、穴川、作草部、千草台団地をはじめ森、椿森等の地域の人たちから信頼され親まれている北部診療所が、開設後三十周年を迎えた。
 北部診療所は一九五五年(昭和三十年)三月七日、この地域の人達の要望に応えて、それらの人達の物心両面の協力の下に、千葉民医連(千葉県民主医療機関連合会)の一翼をになう診療所として建設されたわけである。
 終戦後、日本の政治経済の混乱が続き、国民の生活と健康が極度におびやかされていたその当時はとくに医療施設がおくれていて、天台、穴川、作草部地域でも深夜や急病の場合の診療、往診してくれる医院(病院)がほとんどなく、また周辺の農村地域は無医村に等しかったことから「いつでも診てくれる、いつでも往診してくれる医者」を強く求めていた。したがって、天台町(当時は作草部町)の一角に北部診療所が開設されたことは、地域の人たちにとっては貴重な存在であった。
 北部診療所の建設やその後の医療活動等にかかわりをもつ私どもにとっては、この三十年の長い歳月はまことに短く感じられ、開所までの苦労や開所当時の初代所長須田章先生や大塚良一事務長、看護婦さん達の文字通りの開拓者的苦難に耐えながら地域の人たちへの献身的な医療奉仕、それに応える地域の人たちの診療所に対する温い支え等々の姿が昨日のように瞼に浮んでくる。
 しかし三十年の歳月は長い。この長い北部診療所の“三十年の歩み"をふりかえって見るとき、「よくぞここまで来たものだ」との感概と感激ひとしおのものがある。診療所職員でない私がそうであるから、診療所(病院―一九五九年(昭和三十四年)に病院となった―が一九七六年《昭和五十一年》千葉民医連による院所統一経営およびセンター病院設置の方針により北部病院は診療所となる)の歴代職員の皆さんの感概、想い出はなおさらと思う。
 開所から三十年の北部診療所の歴史は、民医連の綱領「われわれの病院、診療所は働くひとびとの医療機関である」との自覚の下に「患者の立場に立って親切でよい治療を行い、力をあわせて働くひとびとの生命と健康を守る」という綱領実践の試練に耐えての光栄ある苦闘の歴史であると思う。
 おこがましいがこの三十年間の歴史を三期に分けてみると、最初の十年間は北部診療所の基盤開拓という建設期であり、次の十年は医療基盤の定着と医療施設等の整備期であり、次の十年間は事業の発と基盤拡大期でなかったかと思われる。この三期間の活動は、それぞれがいずれも歴史的重要な段階における活動であった。地域住民のなかにしっかりと根をおろし、その信頼と期待に応えながら患者の立場に立っての医療活動を展開し、併せて、その医療を守るための県・市行政とのいろいろな闘いや政治的な諸活動を地域の人びとと手を組んでとり組み、今やこの地域での民主勢力の要の役割を果すまでになってきている。一方患者や協力者を組織して「健康を守る友の会」を設立し、その自主的自覚的活動を援助してその組織と活動の発展に努めてきた。
 このように活動のなかから立派な政治家や医師が誕生している。初代所長の須田章先生は千葉県議会で日本共産党の議員として一九六七年から四期十六年にわたり自民党県政と対決して県民のために闘ってきた。二代目院長の佐藤俊次先生は日本医学界で呼吸器関係の権威として知られ現在幕張町健生病院の顧問医であり、佐藤院長当時の副院長花井透先生は循環器関係の権威で現在健生病院の院長である。三代目の所長坪内弘行先生は病理解剖の権威で現在船橋二和病院の副院長であり、四代目の所長河村浩一先生は消化器関係の権威で現在健生病院の副院長である。五代目の現所長大島朋光先生は循環器関係の権威として知られている。
 これからの北部診療所には、以下のような住民の生命と健康を守る医療機関としての基本的な活動の伝統と歴史を受けつぎ、一層これを発展させる責任と任務が果せられている。したがって創立三十周年目を一つの節目とし、これまでの長い活動と経験を整理総括して教訓と問題点を明らかにして今後の活動に資すべきであるし、また北部診療所の三十年間の苦闘の歴史を記録保存する必要があると思う。このことは千葉民医連の貴重な財産にもなることで、この「千葉北部診療所三十年の歩み」の発行を心からよろこぶものである。同時に民医連傘下の各院所の職員や北部診療所を信頼し期待し支持協力して下さる多くの方々の御一読を是非お願いしたい。
 政府自民党が「戦後政治の総決算」として押し進めている「行革、軍拡」路線は、国家機密法制定で戦前の暗黒政治再現への途をたどっており、医療の上でも再編合理化、企業化が進められている。これらの反動的悪政と対決し、これを阻止しないわけにはいかない。北部診療所三十年の歩みは私たちの闘いの方向を示していると思う。

柴田照治
北部診療所 />
創立時の千葉北部診療所

(『千葉北部診療所三十年』1985年)
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