(自筆原稿)
*アラゴンは1963年、エルザ・トリオレとオランダ旅行をし、翌年に詩集『オランダの旅』を書きました。
その訳詩は『アラゴン選集Ⅲ』(飯塚書店)に嶋岡晨氏の訳で収められています。大島博光はアラゴンの訳詩集や評伝では『オランダの旅』に言及していませんが「わたしは わが人生を」 (「前のものと後のものに」より)と「われらのいない時代が」(「青と白の迷宮」より)を訳して原稿に残しています。
われらのいない時代が ルイ・アラゴン 大島博光訳
われらのいない時代がやってくる すべてのものが青と白になる
われらのいない時代がやってくる みんながわれらを話の種にするだろう
それは この水車小屋*とともに 骨董の青磁にすぎなくなるだろう
雪崩で死ぬひとにとっては雪は白くてまた青いのだ
大事なことは ずっと後にもいまと似た顔をしていることだ
愛が まちがった記憶と足どりを合わせなければいいが
影像《イメージ》とこだまが 見るように信じてもらえればいいが
青くて白い国に 言葉たちがそのままでいてくれればいいが
そして彼らが くちびるを顫わせて青く白くとどまっているように
そして彼らが すべての曇った眼にたいして青く白くとどまっているように
言葉たちは 春から小麦が伸びるように われらから芽生えた
言葉たちは けっして乱暴な味わいをもたずに終わるだろう
そして 雨の降ってる時にも天気がよかったと どうかみんなが言ってくれるように
われらはこの香りを残してゆこう われらが何者だったかはどうでもいい
それは夕ぐれ 灯《ひ》がともる家々を見ることを夢想するようなものだ
そして夜明けごと 青く白い涙のような星が昇る
われらは みんな それぞれのすすり泣きの中にいるだろう それぞれの抱擁の中にいるだろう
狂人たちの党が いつもつくりだす くら闇の時にも 青と言いながら
眼と手の 共犯者たちよ 逢い曳きの共犯者たちよ
われらの愛にとっての 永遠の住居よ 愛よ 迷宮よ
ラインが流れの果てに辿りつく 青と白の迷宮
そしてわたしは むなしい仕事で腕に静脈の浮きでた老人なのだ
通り抜けてきた河上の国々や ローレライをも忘れはてて
海べを前にして消えうせる あの愛のデルタに
さまようわれらの足どりの上に聞こえる あの翼の音
篭職人の指にたわむ空気と羽根の あの二重の音
デルフトの光**は われらを包む最後の衣だ
おお 夜のちょっと前 遠く飛んでゆくエルフたち あるいは燕たちよ
訳注* 水車小屋──アラゴンはパリ郊外のサン・タルノ・イヴェリーヌにある水車小屋を買って、ここを終の栖みかとした。
訳注** デルフト──ライン河が海に注ぐその河口の町。
(詩集『オランダの旅』一九六四年)
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