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軍事クーデターから三週間  座談会 チリの事態をめぐって(下) (4)軍の動き

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座談会4

(『赤旗』1993年10月5日)
 
弾圧



米、軍にだけ援助  米の武器使い米で訓練した軍将校

 ──これまで軍の動きはどうだったのか。
 大高 反動派が軍の一部を動かしてクーデターをおこす計画は絶えずあり、六月二十九日には第二機甲連隊によるクーデター未遂事件もあった。反動派がつくった武器統制法を使って、空軍などの一部が勝手に工場や共産党の事務所を捜査する事件もおこっていた。ラテンアメリカの軍隊の大きな特徴は、将校がアメリ力で訓練され、アメリカの武器を使っていることだ。チリ軍内でもその関係で、とくに空軍や海軍は、米軍との結びつきが強かった。アメリカはチリへの援助を中止したあとも、軍にだけは七一年五百万ドル、七二年一千万ドルの援助を与えていた。
 井出 一方ではチリの軍隊は、四十年にわたって憲法と大統領に忠実であるという伝統をもっており、アジェンデ政権へも忠誠を表明していた。実際、七〇年十月にクーデターに反対して殺されたシュナイダー陸軍総司令官のように、身をもってこの伝統を守ろうとした人もいたし、第二機甲連隊のクーデターを鎮圧したプラッツ陸軍総司令官も、政府への忠誠をつらぬいた人だった。陸軍総司令官は三軍の総司令官にあたり、軍の最高司令官が人民連合政府に忠実だったことも事実だ。
 軍内部の構成をみても、兵隊は大部分が勤労大衆の出身だし、将校のなかにも中間層出身の人たちがかなり大きな比重占めている。そういうこともあって軍全体がいつでも反動的だったというわけではない。
 増田 三月の国会選挙後、軍内の反動派が指導権を握るために、あらゆる策謀がおこなわれた。トラック業者にはじまる一連のサボタージュ、国会では軍にいして国会を選ぶか大統領を選ぶかといった決議をして軍にクーデターの口実を与えるとか、プラッツ陸軍総司令官の自宅へ反動派の将軍連の夫人をデモさせるとかして総司令官を辞任に追いこみ、政府に協力的だったサンチアゴの軍司令官をやめさせるなどして、一歩一歩かれらが指導権を握っていった。その過程は中間層を人民連合から離間させていく過程と照応している。
 MIRは、最初から軍全体を敵だとし「武装対決」を主張し、兵士に不服従を呼びかけ、大統領や憲法無視の口実を軍の反動派に与えた。
(つづく)
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