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服部伸六 「ヒクメットとビリチスのくに」(上)

ここでは、「服部伸六 「ヒクメットとビリチスのくに」(上)」 に関する記事を紹介しています。


 
ビチリス


(昭和詩大系『服部伸六詩集』─カナンの海のほとりで)

「優雅なノマードとなった服部伸六は、カナンの海のほとりを歩き、ランボオが最初に逃げて行ったキプロスをさまよい、ナジム・ヒクメットの祖国トルコにまで足をのばし、あるいはアフリカの奥地を歩き、あるいはまたモロッコのリフ族の山地などを歩いている。地図のうえの世界をさまよい歩きながら、かれはじぶんの詩的世界を拡大し、旺盛な好奇心や関心をいたるところで発揮し、発展させる。その点で「カナンの海のほとりで」の純粋さをわたしは愛する。」(大島博光「服部伸六詩集 解説」)
 
海岸




ヒクメットとビリチスのくに
                        服部伸六

 ダーダネルス海を渡るころには、すでに夜になっていた。フェリーボートの船べりに立って、わたしは風に吹かれていた。行先であるトルコ側の町、チャカーレの灯がチラリホラリまたたいている。
 その朝わたしはテッサロニカの街を朝早くたった。映画の舞台となったこの町は、ギリシアの町にしては不思議に活気があった。トルコとの国境に着いたころ、日本でいう時雨という感じの雨が降って、しっとりと野づらをぬらしていた。一九七〇年八月二日のことだ。
 ダーダネルスの海は、黒海の水が地中海と出逢うところである。黒海の奥の呪いが、明るい地中海の太陽に溶けるところである。祖国を追われたトルコの詩人ナジム・ヒクメットがブルガリアのヴァルナでうたった郷愁が、波に乗って伝わってくるところである。
 ここはまた、ヨーロッパとオリエントの折り目でもある。西と東との折り目である。ローマ人やギリシア人、それから十字軍のフランク人、ノルマン人など、いくたびこの海を渡って、西アジアの地を犯したことだろう。トロイの遺跡のある小高い丘の上から見ると、はるかにダーダネルスの海が光っている。まばらなオリーブの林と、麦畑のむこうに。
 しかし、今日までの歴史のなかで、東洋の民族がこの折目の海を越えて西洋へ押しわたったことがないわけではない。オスマントルコの軍勢がそれである。一三〇〇年から一六〇〇年にかけて三〇〇年のあいだトルコ人たちはバルカン半島を荒し廻った。
 ところが、その逆に、しかもその同じ時代と重なり合うようにして、十字軍はこの海を越えて、たびたびオリエントの地へ押しわたった。
 十字軍というのは、まことに不思議な軍隊だ。信仰心あつい騎士がいるかと思えば、無頼漢の騎士もいる。行く先きざきで略奪をこととする農民がいるかと思えば、夢にキリストのお告げをうける老百姓もいるといった塩梅である。貴族の次、三男で領地にありつけそうにもない冷飯ぐらいの若ものは、十字軍に参加することで、力いっぱいの精力がふるえるというものだ。
 蜜と乳の流れるパレスチナの地を夢みて参加した兵たちは、やがてオリエントの地にヨーロッパ人のキリスト教王国を創り上げる。ヨーロッパでは、ロクに肉にもありつけなかったような貧青年も、やがてひとかどの領主になって、美しいフェニキア女性をめとって子孫をもうけることになる。
 だが、それはさておき、いまわたしは、十字軍の苦戦のあとを、同じ道をたどって南下しているのである。車のハンドルを握るわたしの頭のなかでは、重装備で身動きすら容易でない騎士団の一行や、ぼろをまとった民衆十字軍の飢えた表情などのまぼろしがあらわれては消える。
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