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大島博光が訳したヒクメットの詩

ここでは、「大島博光が訳したヒクメットの詩」 に関する記事を紹介しています。



 大島博光が訳したヒクメットの詩 
                         大島朋光

 トルコの生んだ世界的な大詩人ナジム・ヒクメットは広島の原爆を歌った「死んだ女の子」で日本でもよく知られています。大島博光は彼の詩九篇を訳しています。そのうち核被爆を歌ったものが、「ヒロシマの少女(死んだ女の子)」(一九五五年 自筆原稿)「雲が人間を殺さぬように」(一九五五年 自筆原稿)「気候が怪しくなってきた」(一九五八年 掲載誌不詳)「日本の漁夫」(『角笛』一九六二年)の四篇です。

 「日本の漁夫」はビキニの核実験の犠牲になった第五福竜丸の漁師を歌っています。

 大洋のうえで 雲に殺された
   日本の漁夫は 若ものだった
 かれの仲間がわたしに歌ってくれた
   ある日ぐれ太平洋で出会った物語を

 獲ったこの魚をたべるものは死に
   わしらの手にさわるものは滅びる
 見よ わしらの船は長く黒いひつぎ
   この船に乗るものは命をうしなう
 (中略)
 切れながの眼をした妻よ わしを忘れねばならぬ
   おまえがわしから生む子どもは
   くさった卵よりも早く潰えよう
 黒い柩のようなわしらの船はわしらを運び
   この海は死の海だ
 ひとびとよひとびとよ わしらはあなたらに叫ぶ!

 「雲が人間を殺さぬように」もそのひとつです。

 われわれを人間にしてくれたのは母おやだ
 われわれの前をゆく母は空の光りのようだ
 君らがこの世にいるのは母親のおかげではないのか
 では「紳士」諸君 母親をいとおしむがよい
   雲が人間を殺さぬように

 七つの子どもが牧場のなかを走ってゆく
 子どもの凧が森のうえを泳いでゆく
 そんな幼い頃の遊びを君らは知らなかったろうか
 では「紳士」諸君 子どもたちをいとおしむがよい
   雲が人間を殺さぬように

 若妻は髪の毛をくしけずりながら
 鏡の奥にやさしい顔をさがしもとめる
 そのように過ぎし日 誰かが君らをさがしたのではないか
 では「紳士」諸君 夫婦たちを いとおしむがよい
   雲が人間を殺さぬように

 年老いて 人生がその岸べに近づくとき
 ひとは幸福な思い出にふけりたいものだ
 君らもまた年をとり 君らの時代も終るのだ
 では「紳士」諸君 年よりたちを いとおしむがよい
   雲が人間を殺さぬように

  気候が怪しくなってきた

 気候が怪しくなってきた
 太陽も 雨も 雲も
 核実験のせいだという

 ストロンチウム90の雨が降るという
 草のうえに 肉のうえに 牛乳のうえに
 希望のうえに 自由のうえに
 大いなるわれらの郷愁のうえに
 扉を叩くのように

 愛するひとよ われらは生涯のただなかにいる
 われらは死んだ星まで生きながらえられるだろうか
 それともわれらの世界に死が空から降ってくるのだろうか

 あとの五篇は「妻への手紙」(『学習の友』一九七九年)、「メメットへの最後の手紙」(一九五〇年 自筆原稿)、「誕生」(自筆原稿)、「郵便配達夫」(一九五四年 自筆原稿)、「処方箋」(一九五四年 自筆原稿)で、ゆるぎない革命的精神を歌っています。

  妻への手紙

この世で ただひとりのわが妻よ
おまえは さいきんの手紙で言ってきた
「わたしは頭も割れ 心も破れんばかりです
もしも あなたが絞首刑になり
あなたを 失ってしまうなら
わたしは 死んでしまいます」

妻よ おまえは生きるのだ
おれの思い出などは 黒い煙のように
風に吹かれて 消えてしまうだろう
おまえは 生きるのだ
焦茶色の髪をした わが心の妹よ
死んだものは 二〇世紀の人びとの心には
一年とは とどまることがない
死 綱の先にぶらさがって揺れる死
そんな死を おれは甘受することはできぬ

だが 信じておくれ 愛する妻よ
哀れなボヘミア人の 毛むくじゃらの黒い手が
たとえ おれの首に縄をかけおおせたとて
やつらが ナジムの青い眼のなかに
恐怖の色を見つけようとしても むだだ
おれの最後の朝の うすら明かりのなかに
おれは わが友らとおまえの顔を見るだろう
そしておれが 大地の下に抱えてゆくのは
ひとつの歌を書きあげぬままに残してゆく  
そのくやしさだけだ
(後略)

 ヒクメットの詩は素朴で自然で透きとおっている、と評して大島博光は彼の言葉を紹介しています。
 「自分の祖国と自国の労働者を愛さない者は、全世界と世界の労働者を愛することはできない。そして世界と全世界の労働者を愛さないものは、自分の祖国と自国の労働者を愛することはできない。そして愛することを知らぬ者は、文学や絵画にたずさわることはできない。」

(『狼煙』八十八号 2019年5月)
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