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壁   末次正寛

ここでは、「壁   末次正寛」 に関する記事を紹介しています。

 
壁


(『角笛』7号、草稿『武蔵野詩集』
 
神代





 
          末次正寛 

ふと口ずさんだ
にくしみのるつぼのひとふしに
無線機のコイルを巻く少女の
作業台にかがみこんだ背中から
ひくくおもく
おもくひくく返ってきた
歌声のこだま

ここからは
くやしさにふるえる指先も
泪にふくれた瞼も
見えないけれど──

私たちのあの日
くもりを知らぬ五月の朝の
爆発する笑いと歌声で
互いの腕と心が組んだスクラム
プラカードは風をはらみ
それはすばらしい未来をのぞむ
仂くものの航海でした

そして旗のうねりの先頭が
我らの広場に着いたとき
いきなり牙をむく海津波のような
青かぶとのあらしが襲いかったのです

私たちの愛はぶちわられ
振りかぶる梶棒の下に
つぎつぎになぎたおされ
濠端の松の根かたに
押へた傷口が
銃声をつんざいて
おかあさん!と叫んだとき

愛する男たちの乱れた髪の毛を
水平射撃の弾道がかすめ飛び
砂ぼこりがよごし
うず巻く催涙ガスが吹きちぎり
石つぶてを握りしめたこぶしを
ぎりぎりと手錠がしめ上げ
そしてあなたのまなざしが
はげしいさよならを告げたとき

仆れた友らの
血ぬられた広場の
忘れられないあの五月に続く初めての冬が来ました

いまは
風が貧しい窓を打ちつける冬です
風が裂けた旗をいたぶる冬です
冷えた子供が咳きこむときにも
崩れる前のひときを
権力が荒れ狂う冬の夜なのです

ぶ厚く張りつめた氷の
コスゲの壁の中に
狩られ奪われてしまった男たち
霜柱のように立ちはだかる
鉄格子のうすくらがりに
奪い去られた男たち

堰かれた愛の
とどかぬ腕の
灼くようなもどかしさに
踏みしだかれた花のように
まどろみも忘れ
ひたむきに想いやる寒さのせつなさに
くら闇の底に身をひそめ
ひとり夜を聴いている女たち

凍えた指はもう
むなしい祈りのかたちに
組まれはしない

ふるえるこぶしは
いましばらくは開かれぬ
牢獄の鉄扉をたたき
粗らいコンクリートの壁をたたき
血をにじませては さらにたたき続け
にくしみの歯ぎしりは
力ないすすり泣きを忘れさせ
いかリにあえぐ腕は おお
この壁を焼き盡くす
炎をさえも掴もうとする
         (一九五三・一) 

(『角笛』7号、草稿『武蔵野詩集』)




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