
作・画 赤澤節子

昭和17年小学校一年生のひろしのお父さんの所に召集令状が届きました。
国の命令なので何があっても行かなくてはなりません。
来年には赤ちゃんが生まれるので、きっとお父さんは行きたくなかったと思います。
出発の朝、お父さんはひろしの手をしっかりにぎり、「お母さんのお手伝いをたのんだよ」と言いました。
何も分からないひろしは「はいっ!」と元気に答えたのです。

はじめはお父さんから軍事郵便のハガキが来ましたが、いつの間にか来なくなりました。
そして昭和19年、とつぜん戦死の知らせが届いたのです。
お父さんが行った南の島では、アメリカ軍の攻撃で日本軍は全員亡くなったのです。

白い壁や塀は夜でも飛行機からよく見えてねらわれるので、墨で黒く塗るように命令がありました。
子どもたちは学校から帰ると親に怒られながら墨をすってバケツに溜めました。
その墨で家や塀、土蔵の白い壁を塗りつぶしていったのです。

くに子は中学校の三年生です。昭和19年長野の西校や須坂の女学校に100台ものミシンが運びこまれました。
そこで生徒たちが兵隊さんの服や帽子を縫うためです。くに子の学校は中御所の高橋航空機製作所で
飛行機の部品の組み立てを手伝いました。
みんなは勉強をやめ、海の向こうで戦っているお父さんやお兄さんのことを思い、がんばっていたのです。

昭和20年、見知らぬ飛行機がビラをたくさん撒きました。
赤いビラには「我々の敵は日本軍です。罪のない人たちを傷つけたくないので避難してください」と書いてありました。
東京と違い、爆弾が空から降ってくる恐ろしい経験のない地方の子どもたちはビラを追いかけどこまでも走って行きました。

「ねえねえ、昨日飛行機がビラ撒いたの知ってる?」
お昼を済ませたあと、周りに誰もいないのを確かめると、キヨちゃんがくに子に声をかけました。「これだよ」
それは薄赤い紙のビラでした。「日本国民に告ぐ。人道主義のアメリカは罪のない人たちを傷つけたくないので、
攻撃する長野から避難してください」「えー!本当かしら。」「でもどこに逃げるの?」「父ちゃんはもう日本は負けるって
言ってたよ」「しい!聞こえたら大変だよ」くに子はビラを一枚もらうと手ぬぐいにつつみ弁当箱のなかに隠しました。

くに子の家にもお兄さんが戦死した知らせが届きました。大切な孫が死んだので、お婆ちゃんは涙が止まりません。
「一郎くんはお国のために立派に戦って死んだのだから泣いてはいけないよ」と親戚の人に怒られました。
この時、くに子は初めてお母さんの姿が見えないことに気づきました。

お母さんを探して、お兄さんが絵を描くときに使っていた土蔵の前まで行くと、お母さんの草履が
放り投げたように落ちていました。階段を上っていくと、白い割烹着が見えました。お母さんは
床にうずくまり、振りしぼるような声を出して子どものように泣いていたのです。

お母さんに気づかれないように外に出ると、お兄さんが好きだった白い牡丹の花がいくつもいくつも咲いていました。
牡丹の花を胸に抱くと、大きな涙がボトボトと白い花びらの上に落ちました。

13日の朝、迎え盆の準備をしていた人たちは、お腹に響くような音にびっくりして外に飛び出しました。
米軍艦載戦闘機グラマンF6やボートF4Uが、大豆島飛行場や長野機関区に編隊波状攻撃をはじめたのです。

その頃、ひろしはお母さんのお手伝いをしていました。家がブルブル震えるほどの音にびっくりして外に
飛び出そうとした途端、バリバリバリ ビシッ ビシッ ビシッと飛行機から弾が飛んできたのです。
庭の草がパパッと飛び散り、土が一列に弾(はじ)けました。「ひろし!」お母さんの声が響きました。
ひろしは少し出ていた屋根に助けられたのです。

川向こうまで届くようなすごいサイレンの音が鳴り響きました。メガホンを持ったおじさんが目をつり上げ
「空襲警報発令」と怒鳴りながら走っていきます。ひろしも近所の人たちと防空壕に飛び込みました。
蒸し暑く、きつい泥のにおいで苦しいほどです。皆息を潜めてじっとしていると突然赤ちゃんが泣き出したのです。
イライラしたおじさんが「おめぇ見かけねえ顔だなぁ。うるせえ出てけ!」と怒鳴りました。
若いお母さんは黙って赤ちゃんを抱きしめ防空壕を出て行ったのです。
(つづく)
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