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その頃 一九四〇年   松本隆晴

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その頃


(松本隆晴詩集『青い海鳴り』 1991年9月)
 
雲




その頃 一九四〇年
                      松本隆晴 

その頃
空は奇跡のように深かった

その頃
風は見知らぬ恋人の香りで吹いていた

その頃
大地は若者たちにもっと もっと優しかった

その頃
星たちは涙の光をまたたいていた

その頃
夜は検閲官の目をしていた

その頃
自由は はためくぼろ布《きれ》であった

その頃
花たちは咲く前に散ることを思っていた

その頃
愛情はすべて喪服をまとっていた

その頃
僕らの抵抗は死の匂いをかいでいた

その頃
悲しみばかりが最高に美しかった

その頃
しかし友情は朝露のように新鮮だった

その頃
虐げられながらも
青春はどうしようもなく泡立っていた
そして絶望もまた輝かしい約束であった

その頃よ 歩み去った日々よ
もう一度語ってくれ 星の距離から
あの変形された奇妙な時間さえ
僕らにはかけがえのない
たった一度の生命の証しだったと

(松本隆晴詩集『青い海鳴り』 1991年9月)

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