牧神《パン》の笛──大地に根ざした人間への讃歌
大島博光
一九二二年から一九二三年の南仏アンチブ滞在のあいだに、ピカソの新古典主義とよばれる多くの作品が描かれた。キュビスムの静物を描きつづけるかたわら、彼は若い女の習作を描く。若い女たちが海べを走ったり、踊ったり、泳いだりしている。それらはやがて「坐っている二人の女」「海べをかける二人の女」などの大作となる。地中海の太陽と汐風を浴びたこの女たち、円柱のような太い脚と腕をもった逞しい大女たち……彼女たちにふさわしい二人の若者の像が「牧神(パン)の笛」に描かれている。ピカソは二人を、ギリシャ彫刻にみられるような二つの姿勢で巧みに表現している。ひとりは坐って笛を吹いている。もうひとりは立って笛の音にきき入っている。この人物は全身の重みを片方の足だけで支えていて、古代のアポロを想わせる。背景には典型的な地中海の風景。純粋さと単純さ。逞しい脚と腕と拳(こぶし)。がっしりとした構築……それは大地に根ざした人間にささげられた大いなる讃歌ではなかろうか。
キュビスムの追求のさなかに、このような大女、大男たちの出現は驚きであった。この突然の変化について質問した、あるインタビュアーにピカソは答えている。
「……表現したい何かを見つけると、わたしは過去も未来も考えずにそれを表現した。言いたい何かがあった時、わたしはいつもそれを言うに必要と思われた手法で言ってきた。ちがったモチーフはちがった表現方法を必要とするのだ」
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