思い出すための歌章
──赤いポスター
一九五五年
ルイ・アラゴン
きみたちは求めなかった 栄光も ひとの涙も
息絶《いきた》える 最期《いまわ》の祈りも 葬《とむら》いの鐘の音《ね》も
あの日から十一年が はや過ぎた 十一年が
きみたちはさりげなく 銃を手にして闘った
死も パルチザンの眼を眩《くら》ますことはできなかった
きみたちの顔写真《*1》は 町まちの壁に貼られた
その黒いひげづらよ 怒り立った ざんばら髪よ
きみらの名を呼ぶことは どうしてもかなわぬので
流された一滴の血の痕のような そのポスターで
道ゆく人びとの眼に 恐怖をふり撒こうとしたのだ
きみたちをフランス人とは だれも思わぬふりをした
昼まは きみたちの方に眼もやらずに通り過ぎたが
消灯の頃ともなれば だれかがそっとやってきて
きみらの下に書いた フランスのために死んだ と
だが暗欝な朝がくると それはまた変えられていた
とうとう 二月の末 きみたちの最期のとき
ものみなは いちように 霧氷《むひょう》の色を帯びていた
そのときだ きみらの一人が 静かに言ったのは
幸福《しあわせ》を すべての人に 幸《さち》あれ 残った人に
ドイツの人民たちを憎まずに わたしは死ぬ
さようなら 苦しみよ 悦びよ さようなら 薔薇《ばら》よ
さようなら 人生よ さようなら 光よ 風よ
結婚して幸福《しあわせ》になり 時にはわたしを思っておくれ
やがて エレヴァン《*2》に すべてがおさまるとき
きみは この美しい世界に これからも残るのだ
明るい冬の太陽が むこうの丘を照らしている
なんと自然はうつくしく 心は張り裂けんばかり
正義は 勝利するわが足跡のうえをやってくる
わたしの愛するメリネよ 恋びとよ 親なし娘《むすめ》よ
きみは生きながらえて どうか子供を生んでおくれ
銃が火を噴いたそのとき 仆れたのは 二十三人
いち早く その心臓をささげた 二十三人よ
国はちがっても われらの兄弟たち 二十三人よ
死ねほどにも 生きることを愛した 二十三人よ
フランス と叫びながら仆れた おお 二十三人よ
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