(『アラゴン選集』──断腸詩集 飯塚書店 1978年)
一九三九年九月、第二次大戦が勃発する。フランス共産党は解散に追いこまれ、党員にたいする弾圧が始まる。アラゴンも動員され、エルザと別れて入隊する。その間に「ひき裂かれた恋びとたち」を始めとする『断腸詩集』が書かれる。ここには、大戦初期の「奇妙な戦争」の時期の、ひき裂かれた恋びとたちや、ちりぢりになった同志たちの痛苦、断腸の想いが歌いこめられている。
一九四〇年五月、英仏連合軍はダンケルクに敗退し、アラゴンもここで九死に一生を得て生還する。『エルザの眼』(一九四二年)は、フランスの決定的な敗北、ナチス・ドイツ軍による占領、ペタンのカイライ政権の成立、ナチスによる人質処刑、といった情勢のなかで書かれる。多くの人びとは、敗北による意気喪失と混迷のなかで、なすすべを知らなかった。そして当時、党との連絡もなく、アラゴンはほとんど独自に、詩によって人びとをはげまし、祖国愛をよびかけ、希望をかかげたのであった。『エルザの眼』の歴史的な重みにささえられた美しい愛のイメージ、「戻よりも美しきもの」に鳴りひびくフランスの美と祖国愛──これらの詩が、当時のフランスの人びとの胸にどのようにひびいたか、想像に難くない。『断腸詩集」が敗れさったフランスへの哀歌であるとすれば、『エルザの眼』は、痛苦の涙をまじえた怒りの声である。(『アラゴン選集』第一巻解説)
新しいバルバリー・オルガンのための哀歌
ルイ・アラゴン
道路封鎖で止められた人たちが
ひるひなかに もどってきた
くたくたに疲れて 怒り狂って
ひるひなかに もどってきた
女たちは背なかを曲げて荷物を背負い
男たちはさながら餓鬼のよう
女たちは背なかを曲げて荷物を背負い
子供たちは 玩具《おもちゃ》をなくして泣きながら
その眼を大きく 見ひらいていた
子供たちは玩具を失《な》くして泣きながら
わけもわからずじっと見ていた
守りのわるい 地平線を
子供たちはわけもわからずじっと見ていた
四辻に据えられた機関銃
灰になった大きな食料品店を
四辻に据えられた機関銃
兵隊たちが小声で話していた
中庭には 大佐がひとり
兵隊たちは 小声で話しながら
負傷兵や戦死者を数えていた
小学校の 教室で
負傷兵や戦死者を数えていた
彼らの恋人は なんと言うだろう
おお 愛する人よ おれの苦しみよ
彼らの恋人は なんと言うだろう
彼らは写真を抱いて眠っている
燕は去っても 空は残る
彼らは写真を抱いて眠っている
鼠色のズックの 担架に乗せられて
まもなく彼らは地に埋められる
鼠色のズックの 担架に乗せられて
若者たちは はこばれてゆく
腹を赤く血に染め 肌は灰色
若者たちは はこばれてゆく
だが それがなんの役に立つものか
死んでゆくのだ ほっとけ軍曹
だが それがなんの役に立つものか
かれら サン・トメール《*1》に着いたとて
そこで 何を見つけることだろう
かれら サン・トメールに着いたとて
そこに 敵を見つけるだろう
敵の戦車が おれたちを海から切りはなす
そこに 敵を見つけるだろう
敵はアブヴィル《*2》を占領した という
それはおれたちの過《あやま》ちの報いなのだ
敵はアブヴィルを占領したという
そう砲兵たちが話していた
通ってゆく市民たちを見ながら
そう砲兵たちが話していた
まるで絵に描かれた亡霊のよう
眼はここに 頭はあちら
まるで絵に描かれた亡霊のよう
ふと彼らを見た 通りがかりの男は
その泣き言《ごと》を笑いとばした
ふと彼らを見た 通りがかりの男は
炭坑のように 黒かった
生活のように 黒かった
かれは 炭坑のように 黒かった
自分の家に帰ってきた この大男は
メリクール《*3》か サローミイヌの家に
自分の家に帰ってきた この大男は
彼らに叫んだ しょうがない おれたちゃ帰る
砲弾《たま》が降ろうが 雨が降ろうが
彼らに叫んだ しようがない おれたちゃ帰える
自分の家でくたばる方が 百倍もいい
一発か二発 弾丸《たま》を腹にくらって
自分の家でくたばる方が 百倍もいい
見知らぬ土地などへ 行くよりは
住んでいる場所で死ぬ方がいい
見知らぬ土地などへ 行くよりは
おれたちは帰える 帰える
こころは重く 胃袋は軽く
おれたちは 帰える 帰える
涙も 希望も 武器もなく
おれたちも出て行きたかったが だめだった
涙も 希望も 武器もなく
あっちで安楽に暮らしてる連中が
おれたちに憲兵をさし向けてよこした
あっちで安楽に暮らしてる連中が
おれたちを砲弾《たま》のしたに追いやった
そしておまえたちは足止めだ と言った
おれたちを砲弾《たま》のしたに追いやった
だから おれたちはここに帰える
自分の墓穴なんか掘る必要はない
だから おれたちは ここに帰える
子供や女房たちといっしょに
ありがとうなんか言う必要はない
子供や女房たちといっしょに
大道の聖クリストフ《*4》たちは
戦火の燃える方へ出て行った
大道の聖クリストフたち
姿もくっきりと立った大男たち
手には 棒きれ一本ももたずに
姿もくっきりと立った大男たち
怒りの白い空のうえ
*1(訳注)第二次大戦中、戦場となった北仏、ベルギーに接するパ・ド・カレー県の町。
*2(訳注)おなじくパ・ド・カレー県の町。第二次大戦中、この方面のフランス軍は、イギリス軍とともにダンケルクに潰走し、いわゆる「ダンケルクの悲劇」を演ずる。
*3(訳注)サローミイヌとともに、パ・ド・カレー県の炭坑町。
*4(訳注)伝説によれば、かれは幼児のイエスを肩にのせて河を渡ったといわれる。ここでは、この故事の意味で使われている。
(大島博光訳)
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