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算盤よ   立岡宏夫

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 算盤よ
                          立岡宏夫

算盤よ
串刺しの木の玉よ
ぼくの手垢のしみた数百の玉よ
ぼくの汗と涙とを吸って
ますます快くはじける玉よ

ぼくの指にはじけ
声をあげてならぶ玉よ
この律義な木の玉を
日々ぼくははじきつづけた
百位にはじいては
老いた電報配達夫の超過勤務手当を算出し
千位にはじいては
用務の知れない課長の出張旅費を算出した
千位にはじいては
雪に吹かれながら電柱の上でペンチをふるう工夫たちや
リシーヴァーをかむって呼びつづける電話交換台の少文たちが
日日待ちこがれている賃金を算出し
萬位にはじいては
業務長会議の料理一式代を算出した
わきあがる憤怒を
どう抑えようもなく
ぼくの指に力がこもれば
玉も大きく叫んではじけた
日日やるかたない憤怒にまかせ
ぼくは虐使しすぎたろうか
枠のこわれた算盤よ
傷ついた玉よ

いま 赤と呼ばれて追放されるぼくは
この算盤を係に返す
この算盤は係の手で戶棚のなかへ
インク瓶や書類と一緒にしまわれよう
ふたたびこの算盤が出して渡され
はじく者は誰か
課長の姪か
または業務長に何かを贈った大学卒業生か
ぼくの手垢と汗と涙のしみとおった算盤よ
その人の手にも快くはじけてくれよ
飢えと寒気の街頭へ放り出されていくまえの一刻
胸をっきあげる憤怒を
喉もとで抑えながら
手垢のしみた数百の木の玉を
ぼくはしみじみと撫でさする
玉は靜かに音をたてる
ぼくは呼びかける
さようなら


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