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増岡敏和「三十三年間を居候の気分で」(赤木健介追悼)

ここでは、「増岡敏和「三十三年間を居候の気分で」(赤木健介追悼)」 に関する記事を紹介しています。
増岡敏和は『樹木と果実』の常任編集者でした。同誌創刊のいきさつについて、赤木健介を追悼したエッセイ「三十三年間を居候の気分で」に書いています。
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(「赤木健介追悼集」 一九九三年四月)

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三十三年間を居候の気分で     増岡敏和

 赤木健介先生と御一家に触れて書いた詩が、私には三篇ある。それを読み返すと、長くお世話になったこととそれに関わる自分の人生に、懐かしさがこみ上げてくるのをどうしようもない。 少し長くなるが、それを辿りながら追悼をかねて御一家の在りし日を偲びたい。

地図をひろげると、
上板橋駅から道がくねくねのびている。
そこで自分は、上板橋を背にしては
方向をたしかめながら、その道を辿ってゆく。
角の理髪店、
つきあたりの煙草店、
また角の八百屋、
そして坂、右にボスト、左に麦畑。
また右に折れて小道を下って石段を上がったところに
尋ねる家がある。
しかしその小道というのがたくさんあって、
もうすぐだろうとおもえるのに
どれがその小道やらわからず
二時間も行ったり来たりしていた。

とにかくも、その日から
その家の一間を借りることになって、
自分はそれからその道を通って
毎日上板橋駅にでる。
奥さんから近道があると教えられても、
主人からはじめはわかりにくいだろうから
遠くても来やすい道を地図したのだといわれても、
自分ははじめ尋ねあぐねてきた道を辿る。

 これは「道」という詩の前半である。板橋にはじめて赤木家を訪ねた時の情景である。「樹木と果実」という詩誌の一九五六年六月号に発表した。
 赤木家は板橋区中台にあった。東上線上板橋駅で下りる。家は平屋の借家で、八畳と四畳半と三畳の部屋があり台所があった。そして裏に書庫の二畳があった。私は赤木先生に促されて広島からこの年の四月に上京し、その書庫を整理して寝起きする居候になった。「樹木と果実」の常任編集者として、そこから毎日丸ビルの一室にあった五味書店に通ったのである。
 五味書店は科学新興社の中にあって、机一つ借りた出版社であった。財政は科学新興社の五味という社長が一手に引き受けた。私はそれ以外の実務一切をやるのである。つまり五味書店は「樹木と果実」発行のために作った出版社であった。壺井繁治に頼まれて作ったということである。「樹木と果実」は、石川啄木がかつて発行しようとした詩誌名で、その志を受け継ぐ意味で同誌名にしたものである。壺井繁治と赤木健介が代表者であった。当時分裂していた「新日本文学」と「人民文学」の両詩委員会の統一体として創刊されたといういきさつがある。
 そんな出版社だから無給であった。で、家庭教師の口を世話してもらい、週二〜三回、夕方から通い四千円位もらってそれを生活にあて、赤木先生の奥さん(美禰子)に毎月三千円を渡した。奥さんはその都度「悪いわね」といって受け取られた。少ない位なのに、奥さんはいつもそういわれ、若かった私(二十七歳)をねぎらわれた。
 食事は玄関に続く三畳の間でとる。年齢順でいうと、おばあさん(しん)、奥さん、赤木先生、私の四人である。台所では猫の膳もあり、三匹が食べる。家は丘の斜面にあり、開けられた台所からは緑がいっぱい陽に映えていた。
 食事とそのあとはいつも奥さんと私が話題を提供する。他のお二人は無口で、おばあさんは食事が済むと四畳半の仏間に引き上げられ、赤木先生は話に相槌を打たれるだけである。おばあさんは時折奥さんにぐちをこぼされた。きまって食事の後片づけをすぐしないことに限定されていた。奥さんは「はいはい」と二つ返事をし「すぐしますわ」といったが立たれない。「返事ばかりなのよ、美禰子さんは」とおばあさんは私に訴えられる。はじめはとまどったが馴れてきて、にこっと笑顔で受けて上げると、おばあさんはもういうことは済んだというように腰を上げられる。お二人ともお互いに馬耳東風というより春風駘蕩という雰囲気があった。赤木先生は我関せず焉であった。
 夜は細胞会議が開かれる位だったが、休日になるとしょっ中人が来た。多くは詩歌サークルの若いメンバーであった。時々地方からの訪問客や戦前に活動した人やその奥さんらも来て賑わった。
 そのうち夫婦別れの話が一度もち上がった。赤木先生から君はその後もここに居ていいよといわれてあわてた。しかしその話は間もなく終焉となった。赤木先生は「昔の話を責められるのでね」といわれ、奥さんは「女の人は大変なのよねえ」といわれただけであったが、察しはついたので両方に「うまくやって下さい、お願いします」と私は答えて黙った。つらかったといえばその時だけだった。
(つづく)
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