増岡敏和さんが発行していた詩誌『日曜』144号(2004年5月)が大島博光の蔵書に残されていました。この頃博光は入院していたはずだが見たのかな?と思って中を見ると博光の字で「宮本勝夫、増岡 2004.7.17」とメモ書きがありました。日曜詩の会の会員名簿には宮本勝夫さんと山岡和範さん、増岡敏和さんの名前があり、杏林大学病院のお見舞い写真の3人は日曜詩の会のつながりで、7月17日にこの詩誌を持ってお見舞いにきてくれたのだとわかりました。『日曜』の発行元の日曜舎は大島博光の『フイ・カーン詩集』も発行しており、増岡さんのおかげで『フイ・カーン詩集』が出版できたこともわかりました。
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