アンソロジー跋文
批評のある詩の艶
増岡敏和
「稜線」は面白いというより不思議なグループの詩誌である。本来の意味ではないが一種の梁山伯を成しているからである。いわゆる「豪傑」も「野心家」もいないが、流儀のちがう個性派がおだやかにしかし極めて厳しい独立性を発揮しつつ「集合」していて、決して排他的ではない「天険の要地」を占めている。
そして長年の詩歴をもつ詩人が比較的に多く、確固たる不動の峰を築いていて視野がひろく、その峰を見仰ぎつつもまわりにいる後輩の詩人たちが自由な峰を立て、あいともに前方の「黄河」を氾濫させている大魚の群れに、おのもおのもの火箭を束ねて放っている。
そんな姿勢を創立以来十五年間も頑固に守っていて、しかもひょうひょうと風に髪を梳かせて立っている。すこしもじり過ぎの感があるが、総じて言えば、私は「稜線」の方々にそんなイメージを抱いている。
だからこの詩誌の「前号評」を、厚かましくも長年(八年余)書かせてもらっているのに、今回もまたこのアンソロジーに跋文を書くご指名にあずかることになって、私は大分ひよっていたのであるが、反面、この梁山伯の方々の視線を浴びて、世間的にはそれなりに「いい年」の私が、今回「認められた美少年」のように面映えながら嬉しくなっているのも嘘ではない。それで紙面を汚させてもらうことにした。
まず、先輩に対して私の勝手に思っている寸感を敬意をこめて申しあげることにしたい。
「稜線」の主宰者であり、戦争に反対する詩人の会の代表世話人であり、個人的にもいろいろお世話戴いている鈴木初江さんはじめ、最高齢でおだやかな詩の瞬きに人生を彩られる高橋たか子さん。私の若き日にアラゴンの詩とフランスレジスタンスを教えて戴いた大島博光氏。技術論論争に興味をもっていた私に、戦前の技術論の本をお送り戴き、以来いつもひょうひょうと(堅い信念はオプラートで包み)接して下さる長谷川七郎氏。画家でもあり、静謐を一刷けしたような写生詩を書かれる林光則氏。時代への激しい癇癪玉を時折り突き出されることもあるが、普段は誰にも同輩のように親しくして下さる高崎謹平氏。お会いしたこともないのにいきなり大冊の詩集の一つに跋文を書かせて下さった檜山三郎氏。いつも運営の労をなにげなくつとめられながらお作の詩のようにおだやかに接して下さる古屋志づゑさん、千川あゆ子さん。私の原爆被爆者証言詩抄を思わぬ程も高く評価して下さった佐藤三平氏……。
続いて同年輩前後の詩人たちについて、私の一言居士としての親しみをこめた感想を書くことにしたい(二~三人の方には、紙数を見ながら二言ぐらいになるが)。
小熊忠二氏は、戦後間もない頃からの文学サークル運動に詩の陣を張り、いまもきりっと引き締まった作品を見事なまで完成に迫らせている含羞詩人である。特に集中の「猿」の厳しい終連の叙情は絶唱にまで高められている。「はるかにも望洋の宇内/めんめんとこんこんとげんわくして/雪やまぬわ」は、それまでの厳しいリズムを感性の高みに弾かせていて。松浦郁さんの短詩の、なにげない日常にきらっと示す視線には驚かされる。特に集中の「翼の担架」がそうで、「翼の下に翼をさし込み/押し上げて飛ぶ鳥の群」の映像のイメージは鮮烈である。また、くにさだ・きみさんの作品は、いつもダブルイメージを駆使して鮮やかな成果を示すが、集中のものはやや異なった手法で、みじめに陥らされた対象への凝視でその背後の見えない征服者の側の退廃を照射していく鋭さ……。などの作品がある。
更には、いつも爽やかな抒情にし上げている安在孝夫氏、斉藤恭子さん。見事な情景描写に重ね、ものの存在について詩的考察を光らせている一條允氏。肝ったま母さんとして生きる直截性を力強く押し出してひるまない萩谷早苗さん。日常の出来ごとに批評性をがっちり定めて示す山越敏生氏、山城百合、吉原つぎを氏、阿衣幸枝さんの作品など、さまざまな個性がここに競い合っている。
こうした作品を拝読してみると、詩人の代表作と思われるもの、共通のテーマや詩風の変遷を示す構成のものもあれば、近作だけに絞ったものもあるが、概して各詩人の水準が提示されていて、爽やかなアンソロジーになっていることに改めての敬意と拍手をお送りしたい。
言わないでくれ音楽のない言葉は
語らないでくれ酔釘のない散文は
これは大島博光氏の「ひとを愛するものは」(「大島博光全詩集」より)の終連だが、アラゴンの「髪にそよぐ風のように生き/燃えつくした炎のように死ぬ」とともに、私の好きな詩句である。批評のある作品にこうした精神の艶を放って行きたいと私は願っているので、最後にその思いを掲げさせて戴き、この駄文を閉じたい。
一九九七年八月
(『稜線詩集』一九九七年)
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