もうひとつのアウシュヴィツ
原爆兵士へのレクイエム
栗原貞子
クレオソートブッシュの白茶けた茂みが
点在するネバダ州ユッカ平原。
やけただれた実験台が
一基だけ立っている荒涼の風景。
もうひとつのアウシュヴィツの
生体実験場だ。
全身の毛を刈りとられた
代理兵士の豚たちは
入念に仕立てられた軍服を着せられ
伍長や軍曹の袖章までつけられていた。
羊や兎も毛を刈りとられ 麻酔されて
グランドゼロに近い地点に配置された。
ボタンが押されると
瞬間、巨大な火球が出現し
世界を赤く灼熱した。
沙漠の砂の石英を液状に溶かした。
タコツボに待機していた兵士たちは
露出した手の骨が透けているのを見た。
衝激波は沙漠を突き抜けて
遠い都会のビルの窓ガラスを撃った。
代理兵士の豚たちは
全員即死したので 皮膚の生理学的
反応のデーターは得られなかったが
着用した軍服の耐熱センイは
熱に対するデータを残したので
偉大なアメリカへの殉死が讃えられた。
一週間経つと
実験場の風下の町や村では
こどもや大人の髪の毛が抜け
黄色い胃液を大量に吐いた。
露出部分の皮膚が ベータ線で
火傷して赤くハレた。
牧場では汚染した草をたべた牛や豚が
折り重なって死んだが
AEC(原子力委員会)から派遣された
科学者と獣医は「実験とは関係がない」と
むつかしい専門語をならべたてた。
牛乳のなかにストロンチュウムや
沃度一三一が発見されたので
政府はあわてて 許容値を引きあげ
安全宣言をした。
爆心に向って突進した兵士たちの
体のなかで放射能はゆっくり分裂し
皮膚を犯し
血液を犯し
内臓を犯し
骨を犯した
原爆兵士たちは 哀れな獣のように
巨大社会の片隅で死んだ
生き残りの元兵士たちは
遠い日、沙漠で手の骨が透けたことを
思い出し 黒血のように
怒りを煮つまらせている
遠くない日
風下の村や町の人たちは死滅し
不在の村や町となるだろう。
それでも 偉大なアメリカは
顔色ひとつ変えないで
実験を続けるだろう。
ヒロシマ、ナガサキは 偉大なアメリカの証《あかし》だ。
一億の署名でも百万のデモでも
影響されることのない偉大なアメリカ。
もうひとつのアウシュヴィツは
今も続いている。
原爆兵士 ハーワード・L・ローゼンバーグ著「アトミックソルジャー」
(詩集『反戦の声』第四集 一九八四年六月 )
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