同人伊藤寬之君追悼
阿部圭一郎
案じていた君が故郷へかへられたときいて間もなく社を訪れた僕に思ひがけない訃が待ち受けていた。
未だ膚寒き如月の
梅の薫に送られて
ああ愛星は旅立ちぬ
人とはこんなにももろくあへないのだらうか、君は死んだと言ふ。信じねばならないのだらうか、君は死んだ、君は死んだ。
訃を知らせて下さった大島博光先生とお別れして一人淀橋の舗道をとぼとぼ歩く僕は安珍清姫を語る君の故郷に永久に眠る君を憶ひ言ひ知れぬうつろにとりのこされてしまった。
摩耶に登りて戯れに
つきたる鐘の音の如く
ああ愛星はあへなきか
摩耶山の歌はこれ以上には書けないよ。
例会の席で君は摩耶に登ってものした小曲を前に浩然と語り僕と応酬したっけね。当時君の小曲は一作毎に反響を呼び、中々の人気で君は得意だった。君は今頃天国の歌を書き「天国ではこれ以上の歌はないさ」って囁いているだらうね。
旅情はわびし萬代の
下を流るる水の如
ああ愛星は逝きたるか
君の小曲を読んでいると今でも面影の髣髴とするのを覚へるよ、君はよく僕の笑い泣きを面白がった。君は又あの頃よく大久保の店の前からどなるやうな大きな声で僕を呼びに来た。重味のあるあの声で。
旅の岬の鼻にして
愛でたる花の尚咲くや
ああ愛星に捧げんに
岬の鼻の花のみかその葬儀すら参加出来得ないのを悲しむものは僕一人ではないだらう。気の毒なる君よ山崎君にも葦小路君にも焼香されず君の葬儀はすまされる。古い服でてれながら加藤憲治先生の奧さんの葬儀に出られた君、あんな姿(君はきっと苦笑している)ででも親しい僕らの手で線香も上げたかった。
故郷では詩友も少く君を送るには寂しいだらうに。
懐かしかなしその昔《かみ》の
君が跫音《あのと》をまさぐりて
ああ愛星に合掌す
君との最後は十一月の例会だった。その時少し痩せていた君は間もなく山崎君を見舞ひに行かれたのだが、その身が先きへ逝くとは予期しなかっただらうに、到頭君を見舞ふ機会を失ってしまった僕は東京を去るにさへ遂に永久に逢ふ模会を失してしまったのだ。
君の訃を伝へて葦小路君、松本忠一郎君、四方田幸夫君等その昔手を携へ合った諸君らと久久で会ふ事が出来、皆して君の死を悲しみ君の事を語り合ひ君の冥福を心から祈った。
君よ、君の許の如く「乙女の眸のやうなさやかな星」と輝やけ。
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