ヴァレリィとリルケ
大島博光
まことに、ひとを孤独のなかに誘いいれ、遠く過去へ連れさり、あるいは天上的なものに向わせ、たそがれの薄明のなかに浸らせるのに、リルケほど誘惑にみちた詩人はすくない。
リルケはつねに、貴族だったという祖先たちへの誇りにみちた想い出によって支えられている。(じっさいにリルケの祖先が貴族だったかどうかについては疑問の余地があるといわれるが。)とにかくこの点で、リルケはニイッチェとよく似ている。ただリルケは、ニイッチェのようにその貴族性を好戦的な足場とはせずに、むしろ没落貴族の弱々しい郷愁の足場とし、精神をささえる誇らかな支柱とした。その時代おくれな、古くさい貴族的な精神を、かれは近代市民のよそおいのもとに、なお後生だいじにもち抱えている。この貴族の末裔は、もはやじっさいの貴族領をもたず、小市民的なコスモポリタンとして、ヨーロッパを転々と移りあるいている。しかもかれのなかには、つねに失われた貴族的な過去への郷愁があり、それは彼を「最後の人」としての孤独な自己完成へと向わせる。しかもこの自己完成とても現在の現実のなかに進められることなく、つねに過去の時間か、たそがれにただよう夢想の時間のなかでのみ営まれる。そこから、リルケのうしろむきの夢想、過去へのあこがれと哀惜にみちた想い出、事物の背後に神や永遠を見ようとするイデアリズムなどがでてくる。
『マルテの手記』には、このようなリルケの本質が、形象化されてはっきりとあらわれている。
マルテという人物は、デンマークのオブストフェルダアという作家をモデルにしたものだといわれるが、この作品にはやはり、リルケの詩人・作家としての思想や態度や本質が、はっきり示されている。マルテは、パリで貧しい生活をしている、おちぶれた貴族の生きのこりである。この作品は、このマルテの詩人らしいパリでの印象や体験をつずった、一種の告白小説だが、またそのあいだに、祖先の封建貴族たちの生活や、中世の武勇伝などを、伝說的に美化して物語ることをも忘れていない。いや、この「過去」こそが、おちぶれたマルテの「現在」をささえ、この作品そのものをもささえているのだ。その思い出のなかに登場してくる多くの人物は、現実的な肉体をもった人間としてよりは、むしろ妖精か、精霊か、あるいは精神的な存在として描きだされている。また、じじつ、亡霊さえもきわめて真実らしく登場してくる。このように神秘的に、幻想的によび出され、えがかれ、美化された過去が、パリの悪臭にみちた裏街や、みじめなひとびとの集まる施療病院や、野菜車をおして、花キャベツを売ってあるくめくらの男や、みじめな女たちや、病んだ老人や──つまりルンペン・ブロレタリアの一群に対照させられ、そうすることによって、マルテの没落と絶望が美化されている。マルテは、パリの街で出あう、みじめなひとびとをおちぶれたものの共感と親しさの身ぶりをもって眺めているが、なお、ルンペン・ブロレタリアにたいする嫌悪と恐怖をかくしきれない。いや、かれは貴族的に、こんな風にさえいい放っている。「僕には彼等がとおりいっぺんの乞食というよりは敗残者であることが最初からわかっていた。もともと、彼等は乞食なぞではないのだ。この二つのあいだには、非常にはっきりした区別がある。彼等は運命が吐きすてた「人間」という果実の残皮であり、食べくずであると言えばよいかも知れない。……」(大山定一氏訳)
おなじ作品のなかで、アべローネのような心情ゆたかな美しい女性をとおして、美しい愛を語るそのおなじくちびるが、敗者たちにはひとかけらの愛の言葉をかけてやらないばかりか人間あつかいにせず彼らを吐きだした「運命」についても一言もふれず、貴族的な侮蔑の言葉をなげるだけである。
このような民衆への侮蔑にたいして、試みにあのゴオリキー的な愛を対置してみるがよい。ひとりの男の浮浪人が、荒野で産気ずいて苦しんでいる女のために産婆の役をつとめる、あのゴオリキー的な愛を。
「……女は高く、長く声音をたてて唸りだした。今にも破裂しそうな眼から濁った涙が迸り出て、赤紫のはち切れそうに膨れた顔の上を流れた。
これが私を引き戻した。……
……ともうすぐ、私の手のなかには一人の人間が──真っ赤な人間が、いた。……
……実に滑っこくて、──うっかりすると私の手から拔け出してしまいそうだ。私は膝を突いて立ち、彼を眺めて、ホッホッと笑う──彼を見ていると実に嬉しい!……
……紐を取り出して臍を結えた。彼女は──だんだんハッキリ微笑んで来る。この微笑で、私はほとんど眼が眩みそうになったほど、明るく、気持よく微笑む……」(『人間の誕生』湯浅芳子氏訳)
このように比較してみるとき、リルケの愛とは、少くもマルテの愛とは、いったいどのようなものであろう。マルテの愛のなかに、あの深い人間的な愛の微笑みの浮かんでこないのも偶然ではない。
(つづく)
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