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そのとき人間はどこにいたのか

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長田三郎詩集『燕』 

しひ
上田市の太郎山頂上にたつ長田三郎詩碑






そのとき人間はどこにいたのか
                         長田三郎  
爆風で吹き飛ばされ
元安川の川底に沈んで四十年
掘り出された原爆瓦を見詰めている

蒼白い閃光に全身を焼かれ
ぼろぎれのような皮膚を垂らし
折り重なって川に飛び込み
水に浮かんで痙攣を起こすと
硬直して息絶えた子どもたちの
断末魔の呻き声が聞こえてくる

建物疎開の勤労奉仕に駆り出され
若い命を断ち切られた少年少女たち
ひとりひとりの喜びと悲しみの人生を
限りない未来と可能性を
瞬時に抹殺する大量殺戮の
ボタンを押すことが命令されたとき
人間はどこにいたのか

ユダヤ人に生まれついたが故に
アウシュヴィッツの「死の工場」に送られ
労働力として役立たないが故に
選別され消された子どもたち
ガス室の天井の通気孔から
チクロンBの結晶が投げ込まれたとき
人間はどこにいたのか

ハルビン郊外の七三一部隊で
「丸太」と呼ばれ
細菌兵器の実験材料にされた
中国人モンゴル人ロシア人
「人命を活用した」と軍医将校が嘯《うそぶ》くとき
人間はどこにいたのか

計算された「死の工場」では
人間は非人間化され
名前を奪われて「番号」と化し
「もの」であり「数」に過ぎなかった

ファシズムは
条件さえ整えば
いつどこでも起こり得る
新しいファシズムは
平和の仮面をかぶり
軍靴の音を忍ばせて歩み寄る

人間を選別し管理し飼育する体制
核権力に拝跪し
アラスカに核弾頭の配備を進言する被爆国の首相
それに票を投ずる泰平の国の大人たち

だが──
「死の工場」にも人間はいたのだ
ハーケンクロイツの旗に
敬礼を拒否して投獄された牧師
地下牢の小さな明り取りの窓から
力強い声がひびきわたった
「自分はよみがえりであり
自分はいのちである」

七三一部隊のガラス箱の中で
毒ガスを吹きつけられたとき
三歳の娘を腹の下に抱え込み
一秒でも長くわが子を生き延びさせようと
床《ゆか》の上に押しつけたロシア人の母の最後の訴えが聞こえてはこないか

ヒロシマの東練兵場の草原《くさはら》で
死んだ母親の乳房にすがりついていた
無心なみどりごの声が聞こえてはこないか

「人間を取り戻せ」の叫び声が
地の底から聞こえてはこないか

                          (一九八七・八・四)
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