(解説)
この詩は『大島博光全詩集』(1986年)の資料束に入っていましたが、内容は静江の亡くなった後のことなので、1993年以後の作品でしょう。また、実際には大島博光はその後パリに行っていないので、創作した体験ということになります。

この詩は『大島博光全詩集』(1986年)の資料束に入っていましたが、内容は静江の亡くなった後のことなので、1993年以後の作品でしょう。また、実際には大島博光はその後パリに行っていないので、創作した体験ということになります。

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