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谷耕平「デカブリストの妻」あとがき(2)雑誌編集者として不滅の功績

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(2)雑誌編集者として不滅の功績

 一八四三年から、ネクラーソフとベリンスキィの親密な関係が結ばれるようになった。ベリンスキィは、そのまわりにあつまる貴族の知識青年とはちがった、民衆的精神につらぬかれた素質をネクラーソフの中に見出して、熱心に年若い詩人を教育した。ベリンスキィのよい影きょうの下で、これまでの詩には――ヂゥコーフスキィにも、プーシキンにもレルモントフにも――ない、ネクラーソフ独自のひびきをもつ詩が書かれるようになった。一八四五年、民衆のことばで、民衆の深い悲しみをうたった「途上」が、ベリンスキィのまえで讀まれた時に、目に涙をたたえたベリンスキィはネクラーソフをしっかりと抱いて「きみは、詩人であることを、ほんとうの詩人であることを知っているか?」といった話は有名である。

 一八四三年から、ネクラーソフは、いくつかの文集の編集、出版をはじめたが、それがしだいに成功した。とりわけ、一八四六年に出した「ペテルブルグ文集」には、ドストエフスキィの處女作「貧しき人々」をのせて、非常な評判をとった。 一八四七年からは、友人とそう談して、第二次「ソブレメンニク(同時代人)」(プーシキンがはじめて、その死後ふるわなかった雑誌)の発行をはじめ、その編集と経営に精根をうちこんだ。ベリンスキィは、一党の作家、批評家をひきいてこの雑誌に拠り、ツルゲーネフ、ゴンチャロフ、オストロフスキィ、レフ・トルストイ、サルトゥィコフ・シチェードリン等々、後世ロシヤ文學の巨星といわれた人たちが、すべてこの雑誌に書いた。

 一八四八年、フランス二月革命の後には、とうとうとしてロシヤヘ流れこむ革新の波を抑え、農奴制を維持しようとするツァーリ專制の、あらゆる進步的思想に加えるだん圧が烈しくなった。気ちがいのような検閲のあらしと闘って、民主的精神を高くかかげる雜誌をまもることはとうていひととおりふたとおりの苦ろうでは出来なかった。少年から青年への時代にどん底の生活の中で自分をきたえ上げ、高い詩人的精神とともに実際家としての手腕をもかねもつことが出来たネクラーソフにして、はじめてやりとげられることであった。
 一八五〇年代になると、没落地主・下級官吏・僧侶の子弟等、ロシヤ社会史の上で雑階級(ラズノチンツィ)とよばれる知識青年層が、それまで支配的であった上流貴族知識層に代って思想界に頭をもたげて来た。チェルヌイシェフスキィ、ドブロリューボフ、ミハイロフ等がその代表者である。これらの人たちは、貴族知識層が上からの人民解放をのぞむのに對して、人民の力による人民の解放の道をもとめる、革命的民主々義を主張した。
 一八五三年、ネクラーソフはチェルヌイシェフスキィと知り合って、その論文を雜誌にのせるようになったが、五五年にはドブロリューボフを見出し、五六ー五七年にかけての外遊(主,としてイタリヤ滞在)から歸えった後には當時検閲が少しくゆるくなったのを機会に「同時代人」を革命的民主々義陣営の合法的機関誌とする決心をした。しかしこのためには、たとえばツルゲーネフのような、昔からの僚友と別れなければならないというような、個人的にはたえ難いものがあったのである。しかし、かつてベリンスキィの忠告によって処女詩集を廃棄したと同じ勇氣をもって、ネクラーソフはこれをだん行した。そしてこのことは正しかった。一八六一年には、アレクサンドル二世の手によって、農奴制の廃止が実施された。しかしこれは、真の人民解放ではなかった。その後の歴史が證明するように、真のロシヤ人民の解放は下から盛りあがる人民の力にまつ、革命の道以外にはなかったのである。

 一時ゆるやかになった検閲の手は、またもやその暴力を強めて、一八六二年、「同時代人」は八ヶ月間の発行停止にあい、チェルヌイシェフスキィが検挙された。一八六六年、ついに決定的な発行禁止の命令が、「同世代人」の上に下され、ネクラーソフは、雜誌無しの二ヶ年をすごさなければならなかった。一八六八年、經營的に行きずまっていた雑誌「祖國の記錄(アチェチェストヴェンヌイエ・ザピースキ)」の発行權を買い、これに「同時代人」の内容を盛ることになった。今度は、サルトゥイコフ・シチェードリンが、主な働き手として編集局に入った。こうして、ネクラーソフの雑誌編集、經營の仕事は、死ぬ(一八七八年一月)までつずけられたのであった。
 彼が、よし一生の中に一行の詩をも書かなかったとしても、編集者として、たとえばドストエフスキィ、ゴンチャロフ、トルストイ、チェルヌイシェフスキィ、ドブロリューボフ等の才能を、その書き出し作家の中にいち早くも重大に評價し、歴史発展の正しい方向に雜誌を維持、経営して、ロシヤ解放運動史の上にはたした功績は、不滅のものとして永遠に記念されるであろう。
(つづく)

(ネクラーソフ作・谷耕平訳「デカブリストの妻」 昭和二十二年)

図書館



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