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詩誌『歌ごえ』について(二) 

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 詩誌『歌ごえ』について(二)       大島朋光

 『歌ごえ』二号は昭和二十三年四月、創刊号の翌月に長野市で発行。巻頭詩、評論四篇、詩作品十五篇、訳詩一篇を載せています。
 巻頭詩「メーデーをむかえて─朗読のために─」で民衆の運動への連帯を表明しています。

風かおる五月の空のした、
子どもたちに春の祭りがまわってくるように、
きょう、おれたち人民に、はたらく者に、
おれたちの祭り日メーデーがめぐってきた。
(中略)
思え、きょうの日に、
パリー・コンミュンの英雄的戦士たちを、
ローザ・ルクセンブルグを、カール・リープクネヒトを、
われらがヤマ・センを、ワタ・マサを、
すべての人民解放の戦士たちを!
かがやかしいかれらの思い出は、
きょう、おれたちの胸のなかに、
おれたちの煮えたぎる血のなかに、
赤いホノホのように、燃えあがり、よみがえり、
おれたちをふるい立たせ、はげますのだ、
そうしておれたちは答える。
海鳴りのような歌ごえをもって──
──この人民の海は、生きた海のツナミは、
いつか、ブルジョアジィを呑むだろう!
やがて、新しい世界を生むだろう! (O・H)

     *
 大島博光「人間変革について」とサカイ・トクゾウ「職場における詩の在り方」の二篇の評論を主軸に配しています。「人間変革について」は民主革命の時代での自己変革について主張しています。『「ウ・ナロード!」──四十年のむかしに、タクボクが叫んだこのことばも、革命的実践へ身をもってふみいり、そこから歌いだせ、ということにほかならない。』
 「職場における詩の在り方」のサカイ・トクゾウは産別労組の機関誌『労働戦線』の「労働詩集」欄の選者。「労働詩集」欄には多くの投稿詩が掲載されて高い水準を保っているが課題もある、職場の詩人は書こうとするもの・感動を全身で味わい、詩に書きつけるとともに、仲間の批評や仲間の詩を読むこと、専門詩人の詩を検討することも大切だ、職場の人々の詩が全体として高まり広まること、そのなかの先進的な詩人が専門的なものをも身につけること、これらが職場における詩の運動の課題である、と論じています。
    *
 作品欄では、遠地輝武「言葉」、奈切哲夫「流るる日々」、鈴木初江「ガリ版を切りながら」、武内辰郎「雪にきく歌」、鈴木正志「葬列」、濱田初廣「思い出の人々」、小田英「入党」、北條さなえ「扉」、関口政男「どた靴の歌」、勝山勝三「人形芝居」、鶴見甚三郎「塩売り娘」、德永壽「引揚列車、濱田耕作「毒」、池田時雄「同志Kに」、仁木二郎「五月の風」を掲載しています。小田英はロシア文学者上田進によって発掘された信州上田の農民詩人。北條さなえは『角笛』同人に参加し、反核の詩を中心に書きつづけた女流詩人。「扉」では戦争が終わり新しい時代を迎えての希望を美しく歌っています。

くらい くらい くちた木の葉が
夜も昼もおゝいかゝる
窓の扉はかたく悲しく
いくたびか時はうてども
重い扉は開かれない
……
ついに
人々は狭い小さい窓をあけた
すると くらい混とんのかなたから
ひとすじの新しい激しい空気が
急流のようにおしよせてきた
なぜか その時から
心は香りたかい酒のように泡だちさわぎ
人々は互に何事かを語りつゝ
互のせまい窓べにひしとよりそったのだ
心おくした小鳥のむれのように

だが 見ればいつか古い毒沼のような
よどんだ重たい霧は吹きはらわれ
暗紫色の深い空のむこうには
めざめるばかり うるわしい
金いろの細い月と星がのぼってくる

外にはまだ
くらい雲があわただしげにゆきまどい
きびしい風がふきつづけているのだが
どこかに春は水のように流れはじめて
誰か たえまなく
胸うつような 春のうたをうたっている

その時
人々は互に一つのかたい古い扉をうちつづけた
そしてついに気むづかしい鐵の扉はひらかれたのだ
多くの人々は自由の翼をはばたきながら
大気のなかへ出ていった
新しいきびしい空気のなかへ
あふれる空気の早い流れのなかへ
……

     *
 後半の評論では眞貝欽三「新鉄の詩人たち」と上田進「ソヴェートの詩(二)」を掲載。「新鉄の詩人たち」は詩誌『新鉄詩人』に参加する国鉄新潟の詩人たちを紹介しています。戦後、国鉄内で文学熱がたかまり、詩の活動が活発になった。新潟鉄道管内では戦前から国鉄の月刊雑誌を舞台に詩を書く仲間がいたが、戦後『新鉄詩人』を発行し、会員獲得に努めた結果、参加者が一七〇名に上った。詩話会の開催、詩展、詩朗読(放送局による放送)、新鉄詩人大会など活発に活動しているといいます。
 上田進「ソヴェートの詩(二)」ではマヤコフスキーの革命詩人としての活動について詳しく論じています。 
 最後にランボオ「長詩 ふたたび賑わいに返えるパリー」を掲載。「この詩は一八七一年、パリー・コンミュンが反革命軍におし殺されたその翌日のパリーを歌ったもので、チエールの反動政府に対するランボオの燃えるような怒りが見いだされる」(訳者註)。

パリーよ! おまえの足が怒りをもって踊り狂っていたとき、
おまえがからだじゆうにあいくち匕首できりつけられたとき、
おまえの明るいひとみのなかに、なお、
か鹿の子色の春の善良さをたたえて、横たわっていたとき、

おお、苦悩の都市、なかば死んだ都市、パリー、
その蒼ざめた身のうえに、無数の扉をひらきながら、
「未来」に向って投げられた二つの乳房と頭、
暗い「過去」が祝福をなげる都市、パリー

詩人はききとるだろう、民衆のうめき声を、
囚人たちの憎しみを、呪われた者たちの叫び声を、
詩人の愛の光りは女たちをむちうつだろう、
詩人の歌ははねおどる、そら、ならず者たち!

──社会は、すべては再びおさまり、酒神の酒宴が
むかしの娼家に、むかしどおり、どんちゃん、泣きさわぎ
熱にうかされたようなガス燈が、赤く焼けた城壁に、
気味わるく燃えている、蒼ざめた陰気な空にむかって!
(大島博光訳 抄)

(つづく)

『狼煙』90号 2019年11月)

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