新しい天使(解説) 大島博光
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この本に収められている作品は、フランス植民地主義者、アメリカ帝国主義者、およびその手先たちにたいする、ベトナム人民の英雄的な闘争を描いた作品を主としているが、『ソエ踊り』や『二人姉妹』のように、封建制、あるいは封建制の残りかすとの闘争をあつかった作品もあり、また、『人力車夫と女」のように、ベトナム庶民の貧窮ぶりを、痛烈なユーモアをもって描きだした作品もある。
これらの作品から共通して感じとられることは、長いあいだの闘争にきたえられた、ベトナム人民の落ちついた態度である。ほとんど、大げさな叫び声などは聞こえてこない。煮えくりかえる怒りや思いは、じっと抑えられることによって、逆に大きなエネルギーとなって、作品のなかにゆきわたっているように思われる。グェン・ゴックの『子供』のなかには、そのエネルギーは、ちみつな意識の流れとなって、うねっているように見える。そうして、長い闘争も、ベトナム人民の伝統的な豊かな人間感情をそぎとるどころか、ますます根づよいものにきたえあげ、みがきあげているかに見える。この豊かな人間感情は、作品のなかで、人間性をふみにじるものにたいする――敵にたいする怒りのなかに身をふるわせている。そして愛するもののためには、その気高い犠牲心と優しい心根とで燃えているのである。こうして作品のなかの英雄たちも、ぎすぎすとした類型としてでなく、血と肉をもった人間として描きだされ、形象化されているように思われる。
だが、もっと重要なのは、このような人間的感情にうらうちされたリアリズムが描きだしている当のものである。
ベトナムの詩人チェ・ランビィェンは、いみじくもこう言っている。
「新たに天使が生まれた。悪魔をたおすために、神聖犯すべからざる力が生まれた。だが、この天使は天から降ったものでもなければ、三面六臂《ぴ》でもない。農村から、工場から、何万という腕、何万という眼、何万という心、そしてすべての人びとの知恵にささえられてあらわれたのだ。この天使は古代の救世主のようなスーパーマンでもなければ、現代の原子力のような特別な力をもっているものでもない。それは怒りにみちた民衆の感じやすい心から生まれた革命的な力である。……
いたるところで、いろいろな立場の人びとが革命にたちあがった。革命は真理であり、現代の救世主である。……
偉大なるものは革命である。革命は人びとに土地をあたえるだけではない。革命は人びとの生命を守るのだ。……」(『炎のなかで」の北原幸子氏訳による序文より)
この新しい天使は、ここに収められているどの作品のなかにも、その姿を現わしている。『サヌーの森』のチューやメー、『この土地は……』のタンじいさんなど、その他、たくさんの人物の中に、その姿を現わしている。それは、見たところ、みんな平凡なベトナム人民のひとりひとりにすぎない。『道路は叫ぶ』の作者は、敵の爆撃で破壊された道路を直す仕事で、労働英雄ともいうべき力を発揮するチュオンについてこう書いている。
「ある日、わたしは、キイアン区運輸隊の労働者、チュオンの肩にさわってみた。彼の肩は、とくべつに筋肉が盛り上がってはいなかった。わたしは、彼の背中にもさわってみた。その背中は、普通のベトナム人より広くはなかった。だから、彼がいつも、いちばん骨の折れる仕事を進んでやっていたのは、人並み以上にすぐれた肉体のおかげというわけではなかった。彼の精神のもつ気高さ、その勇気が、そうさせていたのだ。」
人間精神のもつ気高さ、その勇気……これこそ、それらの天使たちがおこなういろいろの奇跡の秘密である。『死刑囚監房で』の、共産主義者の主人公は、死刑の宣告をうけたのちも、死の直前まで、悠然として、おなじ監房の刑事犯の囚人たちを教育し、組織し、さいごまでその任務と希望とを捨てないのだ。また『かわいいサンダル」のなかの主人公の「わたし」のように、自分の心の奥でささやく天使の声をききとるや、悪魔をうち殺して、悪魔の側から脱け出し、移ってくる天使もいるのである。これらの作品にみられる、人間精神の気高さと勇気、人間感情の豊かさと美しさは、正義と真実と美とが、ベトナム人民の側にあることを、もういちど、あかしだてている。それは、アメリカ帝国主義者が、ぺてん師のことばと論理をあやつって、ただ謀略をこととし、あらゆる懐柔と脅迫とによって、人間精神をふみにじり、人間を堕落させ、腐敗させる以外に能のないことと、あざやかな対照をみせているのである。
祖国愛と革命的精神にあふれ、希望にみちた人間の声は、けだものの吼え声にうち勝つだろう。「新しい天使」は、ナパーム弾や毒ガスを撒きちらす悪魔を追い払うだろう。
2
(作者紹介……略)
(ベトナム短編小説集『サヌーの森』)
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