fc2ブログ

ファム・フン「死刑囚監房で」(下)

ここでは、「ファム・フン「死刑囚監房で」(下)」 に関する記事を紹介しています。

 中央監獄には、フランス人用の図書室があった。わたしは何冊かの本を借りだして、読んだあと、そのあらすじをタンとローとラムに話してやった。彼らはひどくおもしろがった。わたしは、そんなふうにして、ヴィクトル・ユーゴーの『レ・ミゼラブル』やデュマの「三銃士』の話をしてやった。
 それから、わたしは、彼らに本の読み方を教えてやろうと思いついた。勉強したくないかとたずねると、彼らは叫んだ。
 「とんでもない! もうすぐ死ぬっていうのに、何だって文字を覚えるんだ! 死刑囚監房にいて、もう首が死刑台にのっかっているのに、勉強をおっぱじめるなんて、まっぴらごめんだよ!」
 「そんなふうに考えちゃいけないよ」とわたしは言った。「おれたちが、まだ世の中の役に立つんだと思ったら、おれたちは残りの時間をむだにせずはたらかなくらゃいけない。勉強するのもはたらくのと同じことだよ。監獄の中で読むことを勉強すれば、気がまぎれるし、おもしろいあたらしいことがわかるようになるよ。もし君たちが死ぬことになっていたって、何にも損はないだろう。そうして、もし生きることになれば、得になるだけだよ」
 わたしは、挿絵のたくさんはいった、喜劇や近代劇や古典劇の本を差し入れさせて、それを彼らに見せた。カィ・ルンの芝居『歌を入れた大衆的な悲劇』を好まない南ベトナム人がいるだろうか?彼らは、本の内容がわからなくても、挿絵を見ることができた。わたしは声を出して読んだ。彼らはわたしの両側に横になって、頭をあげて、一生懸命に聞き入っていた。
 ときどき、わたしは言った。
 「ここのところはトー・マ(流行歌)の節で歌うんだ。さあ試しに歌ってごらん」
 すると三人はトー・マを歌いだした。
「ここはナム・カ(流行歌)の節でやるんだ。さあ、やってみないか」
 とわたしが言うと、三人はナム・カを歌った。
 毎日、わたしはいくつかのことばを彼らに教えた。三カ月たつと、彼らは、字を拾ってたどたどしく読み、やがて短い文章を読めるようになった。彼らはだんだん熱心になった。まだ夜が明けないうちに、彼らはもうわたしを呼び起こした。
 「フン兄貴、勉強を頼みますぜ」
 しばらくすると、彼らはもうすらすら読めるようになった。めいめい手に一冊の本を手にして、横になって読んだ。鎖がなかったら、まるで貧乏学生の部屋にでもいるようだった。
 そこで、わたしは芝居をやることにした。みんなに役をふりつけた。便器が太鼓の代わりになった。テノール、バス、ソプラノといろんな声が騒々しく響いた。とても陽気だった。ある晩、何事かおっ始まったかと看守たちが駆けってきて見ると、わたしたちは青虫のようにすっ裸で足には相変わらず足枷をはめたまま、空想の顎ひげをしごきながら歌っているところだった。
 わたしは看守たちに言った。
 「何でもないから、向こうへ行ってくれ。君たちの監獄があんまり退屈だから、おれたち、芝居をやってうさばらしをしているだけなんだ」

     *

 六、七ヵ月の拘留ののち、死刑が決定するか、あるいは破棄されて、終身強制労働に減刑されるか、どちらかだった。わたしはぶちこまれて、もう七ヵ月たっていた。モー・ラムはギロチンにかけられた。死刑台へ連れて行く前に、フランス人は彼をほかの監房へ移した。ある明け方、わたしの監房の入り口の前に足音が聞こえた。そして、ラムの声がした。
 「フン兄貴、おれ、いよいよギロチン行きだよ、みんなにもおさらばだよ。元気でな」
 監房の中で、わたしはいまや、戦友のオーとコーだけといっしょだった。わたしたちの件については、何も耳にしなかった。経験によれば、もし判決が破棄されたとすれば、拘留されて六ヵ月たてば、わたしたちにもわかるはずだった。わたしたちはもう七カ月目になっていたから、わたしたちの刑が執行されるのは確かだと思った。そこでわたしたちは、死ぬまで勇敢にふるまうには、どうすればいいかを討論した。ギロチンにかけられる前に、必ず最後の望みをたずねられることがわかっていたので、わたしたちは、まず、死刑台に上がる順序を選ばせてほしいと要求することにした。はじめにコーが上がり、それからオー、おしまいがわたしということに決めた。
 コーとオーはわたしに言った。
 「ねえ、君、死刑台に上がる自分の順番を待ちながら、前の者がやられるのを自分の目で見るなんて、まるで何度も死ぬようなもんだ、わかっているね、君」

 註
『キム・バン・キェウ』『金雲翹新伝』 広く流布している十八世紀ベトナムの偉大な国民詩人グェン・ズー(阮攸、一七六五〜一八二〇)の筆になる長編叙事詩で、キム・バン・キェウという薄幸の美女をヒロインとしている。
** わが民族の偉大な詩人 『キム・バン・キェウ』の作者グェン・ズーをさす。

(解説)
ファム・フン──『死刑囚監房で』の作者ファム・フンは現在ベトナム労働党の中央委員会政治局員で、インドシナ労働運動のはじめからの著名な活動家。一九三一年頃、フランス行政当局に死刑を宣告され、ブーロコンドル島の牢獄に移された。この作品は、そこでの実際の体験を記したもの。

(ベトナム短編小説集『サヌーの森』)

絵本



関連記事
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://oshimahakkou.blog44.fc2.com/tb.php/4278-9218715b
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック