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『地獄の季節』(4)ジェルマン・ヌーボオとロンドンへ

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ジェルマン・ヌーボオとロンドンへ

 さて、『地獄の季節』を出版しなければならない。ランボオはブリュッセルの印刷屋ジャック・プートを知っていた。両者のあいだで出版の条件がきまった。印刷部数五〇〇部、本の売価一フラン、印刷代の前払い金と引換えに、著者への贈呈部数は七部あるいは八部、未払金は出来上った本と引換えに払う。ランボオ夫人はついに請求された前払い金を彼に渡した。
 一八七三年十月、ランボオの夢は実現する。五二ページの小冊子『地獄の季節』ができあがった。ランボオは著者分の部数を受けとりにブリュッセルへ行く。その翌日、ヴェルレーヌはモンスの拘置所に移された。ランボオはヴェルレーヌにその一冊を贈るために、拘置所の守衛に託したものと考えられる。「P・ヴェルレーヌへ──A・ランボオ」という簡単な献詞のしるされた『地獄の季節』の初版本を、後にヴェルレーヌは自分の息子に珍品として贈っているからである。むろん、ドゥラエ、フォラン、リシュパンなどにも贈られた。
 十月末にランボオはロッシュからパリに出る。自分の本をパリに紹介するためである。ブリュッセルの忌わしい事件は、ランボオがパリに行くよりも先にカルチェ・ラタンに知れわたっていた。ジャン・リシュパンによると、当時ランボオはその作品よりも彼の冒険《アヴァンチュール》によって有名だったという。そうして彼へのいやがらせのように、みんなが彼に背を向けた。カルチェ・ラタンに集まる詩人たちは、ヴェルレーヌの不幸と不名誉をランボオの責任に帰した。悲劇の犠牲者であった彼が人殺しにされたのである。それに、一八七一年から七二年にかけての冬のパリ滞在中、ランボオがふるまった傲慢不遜な態度をひとびとは忘れなかった。ランボオは自分で蒔いた種子をいま自分で刈りとることになった。だれも彼を相手にしたり、彼に取り入ろうとはしなかった。
 ある夜、ひとりカフェにいたランボオのところへ、若い詩人ジェルマン・ヌーボオがやってきて慰めのことばをかけた。二人はすでに旧知の仲でもあった。ランボオがあの冬の滞在中に出入りした「サークル・ツーティク」にヌーボオもまた顔を出していたからである。体つきも精神も彼はランボオとは対照的であった。ランボオは背が高く、青い眼をして栗色がかった金髪で、無愛想でとっつきにくい。それにひきかえ、ヌーボオは背が低くてがっしりとしていて、褐色の髪で、陽気で愛想がよかった。たちまち二人は意気投合して親友となる。ランボオが自分の夢は世界を駆けめぐることだと言うと、ヌーボオはどこへでもいっしょについて行くと約束する。春にまた会おうといって二人は別れた。
 いまやランボオは、パリではほとんど相手にされず、することがない。文学にたいする、あるいは文壇にたいする深い嫌悪におそわれる。彼はロッシュに帰って冬を温かく過ごす。ある日、彼は自己嫌悪に駆られてか、手もとにあった『地獄の季節』の数冊を火に投げこんだ。おのれの過去を焼く火が、炉のなかで炎となって燃えあがった。その火を見てランボオの眼には悦びの色が浮かんだが、十三歳の妹イザベルにはそれが何故なのか、わからなかった。母親のランボオ夫人はそのさまを見て自分の眼を疑った。狂気から癒え、正気にかえった息子を見て、彼女は幸せだった。みじめで苦しかった辛い過去は、一瞬のうちに灰と化したかのようだった。
 幸いに「地獄の季節」の残りの部数は、印刷代が全部支払われなかったので、印刷屋の倉庫に眠っていて、のちに(一九〇一年)発見されることになる。

 一八七四年の春、ランボオは昨秋ジェルマン・ヌーボオと交した約束を思い出してパリに出たらしい。とにかくヌーボオがジャン・リシュパンに書いた一八七四年三月二十六日付の手紙は、彼がランボオといっしょにロンドンにいたことを伝えている。ヌーボオはロンドンがすっかり気に入り、ランボオはくつろいだ気分になって案内役を買って出る。彼らはスタンフォード・ストリートのステファン夫人の一室を借りる。二人はさっそく仕事を探さねばならなかった。ヌーボオの僅かな持ち金はたちまち消えうせたからである。もう仕送りをしてくれるヴェルレーヌ夫人はいなかった……。彼らはやりくり算段で生きていた。「英国に帰化した元フランス人のデュポンの処では、ジャガイモのフライと大きな魚の一皿が、なんと四スーだ……」とヌーボオは書いている。南仏生まれのヌーボオは努力家ではない。だが「ラ・ルネッサンス』誌のようなパリの雑誌に詩や雑文を書いて生きるのにうんざりするというほどでもない。
 ランボオはふたたび詩を書き始める。のちに『イリュミナシオン』となるものである。いくつかの作品の一部分(「都市」の始めとか、「メトロポリタン」の終りの部分とか)を、ヌーボオはコッピーして、ランボオの手助けをする。また二人が苦しい生活をきり抜けるために力を合わせたことも疑いない。
 しかし突然ジェルマン・ヌーボオは、なんの理由も告げずに、ランボオを置いてきぼりにしてパリへ帰ってしまう。理由はかんたんなものだった。ランボオといっしょにいても、文学的な未来はない、ということにヌーボオは気がついたのだ。ブリュッセルの醜聞《スキャンダル》を思い出すだけで充分だった。といって二人の関係にはなんら疑わしい点はなかった。ヌーボオにはヴェルレーヌのような趣味はなかったし、ランボオもまたある人びとが不当に考えているような男ではなかったからだ。
 またしてもランボオはひとりあとに残されて、どうしていいかわからない。それは一八七二年十二月の状況と奇妙にもよく似ていた。あの時には、ランボオが突然ヴェルレーヌを置いてきぼりにしてロンドンを去ったので、ヴェルレーヌは母親をロンドンに呼びよせて、寂しさをまぎらわした。こんど一八七四年六月、ヌーボオが突然ランボオを置いてきぼりにすると、ランボオもまた母親に助けをもとめて、友達に去られた孤独の寂しさをのり越えようとする。
(つづく)

新日本新書『ランボオ』

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