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長田三郎「目をアジアに」

ここでは、「長田三郎「目をアジアに」」 に関する記事を紹介しています。
目をアジアに
                 長田三郎

「原爆で日本が降伏し
アジアが救われた」
「原爆は日本の侵略の当然の報いだ」
天皇の軍隊に肉親を虐殺された
アジアの人民の声が聞こえてくる

アジアの人民の心には 広島は
「被爆都市」であるより前に
「アジアを侵略した日本の基地」
として認識されている
「軍都」としての戦前の広島の役割を知る
アジア人は怒りを隠さない
「だから広島に原爆が落とされたんだ」
原爆すらも「加害の延長」として捉える
アジアの人民の声が高い

これを聞いた被爆者からは
「悲しいかぎりだ」
「罪もない女・子どもたちの死は
これでは浮かばれない」
涙声が聞こえてくる

瞬時にして「生き地獄」と化した
原爆の惨禍を体験し
今なお原爆後遺症に苦しむ
被爆者の思いも痛切だ
広島はこれまで被爆体験を
歴史の流れの中からすっぽり切り離して
受けた被害の大きさを語ってきた
逆に アジアの人民には
「原爆が 日本の侵略による
すべての抑圧を解放してくれた」
との思いがある
その溝は 四十八年たった今も
埋まっていない
その溝を埋める糸口は
互いに相手の被害の実相を知ることにある

市民団体の招きで 広島を訪れ
原爆資料館を見学した
マレーシアやフィリピンの被害者は
「日本にも 罪のない多くの
戦争犠牲者がいたことに気づいた」
と語っている

広島・長崎を訪れ 被爆者から取材した
韓国の記者は
「被爆者の痛みや放射能の恐怖を知った」
としみじみ話している
「中国青年報」の記者殷・紅さんは語る
「広島は 第一幕の悲劇であり
同時に 最後の一幕であるべきだ」

アジアの人たちも
広島の被害の実態を知れば
単純に「加害責任」だけで
切り捨てられないことが分かる

核実験禁止や核廃絶を求める広島の訴えは
これまで 米ソをはじめ
核保有国や国連が中心であった
しかし今後は
広島から積極的に
アジアの人々に被爆の実相を伝え
同時に
アジアの人々が受けた被害について
深く知ってゆくなら
やがて被害・加害の関係を超えて
同じ「戦争犠牲者」としての立場から
広島の痛みや教訓も
共有されるに違いない

天皇の軍隊にとっては
敵も味方も 人民は虫けらに過ぎなかった

マレー半島では非戦闘員の女子どもを
無残に虐殺した
南京二十万の虐殺
ハルピン郊外の七三一部隊で
「丸太」と呼ばれ
細菌兵器の実験材料にされた
中国人・モンゴル人・ロシア人
大久野島で毒ガス弾を製造し
各戦線で投下
従軍慰安婦強制連行
沖縄島に逆上陸した皇軍は
住民に自決を強要し銃剣で刺殺

天皇制軍国主義とアメリカ帝国主義──
人民はいつもつんぼ桟敷に置かれていた
原爆投下の二カ月前に
ジェームズ・バーンズ長官は
「ソビエトをコントロールするために
原爆投下は必要である」
と明言している

少数とはいえ
広島を知るかつての留学生は
「被爆の実相をアジアにもっと伝えてほしい」
「広島は反核運動のリーダーシップを取ってほしい」
との注文を強く出している

核拡散が第三世界に広がり
プルトニウムの蓄積による日本の核保有にも懸念を抱く彼らは
核時代における広島の持つ重要性を
強く意識している

アジアの幅広い人々の理解を得るとともに
被爆地の役割に熱い視線を注ぐ人たちの
期待に応えることが
今 広島に求められている新たな課題だ

マレーシアのニュースカメラマン
オマー・サレーさんは訴える
「アジア諸国の人々は 今日本が
自らもアジアの一部だと
気がつくのを
待ち続けているのだ」
            (一九九三・九・一〇)

(『長田三郎遺稿集 目をアジアに』1994年)

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