いまや語るのが作者なのかメジュヌーンなのか
わたしにはわからない(抄)
アラゴン
大島博光訳
わたしはわたしの夜から抜け出た わたしの苦しみから抜け出た
戸口の敷居にはぱっと陽が射していた
わたしに住みついてるものはみんなわたしから 水差しの水のように溢れてこぼれた
わたしはおのれの肉体と魂のことばを吐き 不眠のことばを口走った
ひとびとはわけがわからずに通り過ぎ あるひとびとは額にしわをよせ眉を上げた
しんじつわたしは街のことばや泉のことばで彼らに語りかけなかった そしていつでも 予言とはそのようなものだった
……
きみはわたしに耳をかさない そしてわたしは わたしは耳の聞こえないものとみなされている
何ものにも誰にも気がつかない風のような
わたしは扉を叩く するとわたしの手の甲は痛む痛む痛む
なかからひとひとりとして誰ひとりとしてわたしに応えない
わたしはきみの心臓を叩き そして呻いているのはわたしなのだ
きみはそれをひとつの寓話と思い込んでいる
きみはわたしに耳をかさない
きみはわたしに耳をかさない それはきみの悲劇なのに
たちまちたちまちそれがきみを傷つけるのをわたしは見た
それでもきみはわたしの叫びののなかにきみの叫びを聞きとらない
きみはわたしに耳をかさない
わたしはきみの傷口をまともに見つめる男だ
おのれ自身が描かれる鏡のように
わたしはきみの癩を噛みとりきみの火を燃やす男だ
わたしは明日のきみのすすり泣きを語る男だ
きみの血迷った頭をその二つの手のなかにかかえる男だ
わたしはきみのために砂漠で助けを呼びそののどは涸れ
その膝はかがみ その眼は蜃気楼に焼かれる男だ
あたりに冷たい水を探し 手のひらに数滴すくって よろめきながらもどってくる男だ
のどの渇いたとききみに自分の唾を与える男だ
わたしはきみのために手首を切る哀れな男だ
見たまえ見たまえ わたしは他者ではなくきみ自身だ
……
わたしはきみだ きみに言おう わたしはきみだ そしてきみのためにわたしは死ぬ
むごい沈黙 長い沈黙 そしてわたしはむなしく待つ
きみはわたしに耳をかさない
わたしは石の刃で足をすりむく
しかも苦しみがきみに与えられる場所にむかってわたしは歩いてゆく
わたしは息を切らし最後の力を使い果たしたわたしがきみに近づくと きみは道を変え てしまう
わたしは行く きみに向ってわたしは行く
ありようはあの山の国の幻覚に似ている
ひとはいつも頂上に辿りつくと信じ込んでいる
そこで登ってゆく登ってゆく すると頂上は向うに聳えている
登ってゆくきみといっしょに
そしてひとはまったくまだ斜面の高みにも到達していない
……
わたしは行くきみに向ってわたしは行く疲れを越えて
たとえわたしのこめかみが裂けようと たとえわたしが
雷にうたれた樫の木で 切り倒されねばならぬとしても 仕方がない
きみはわたしに耳をかさない きみはわたしの足音を聞いてくれない…
(「エルザの狂人」より)
わたしにはわからない(抄)
アラゴン
大島博光訳
わたしはわたしの夜から抜け出た わたしの苦しみから抜け出た
戸口の敷居にはぱっと陽が射していた
わたしに住みついてるものはみんなわたしから 水差しの水のように溢れてこぼれた
わたしはおのれの肉体と魂のことばを吐き 不眠のことばを口走った
ひとびとはわけがわからずに通り過ぎ あるひとびとは額にしわをよせ眉を上げた
しんじつわたしは街のことばや泉のことばで彼らに語りかけなかった そしていつでも 予言とはそのようなものだった
……
きみはわたしに耳をかさない そしてわたしは わたしは耳の聞こえないものとみなされている
何ものにも誰にも気がつかない風のような
わたしは扉を叩く するとわたしの手の甲は痛む痛む痛む
なかからひとひとりとして誰ひとりとしてわたしに応えない
わたしはきみの心臓を叩き そして呻いているのはわたしなのだ
きみはそれをひとつの寓話と思い込んでいる
きみはわたしに耳をかさない
きみはわたしに耳をかさない それはきみの悲劇なのに
たちまちたちまちそれがきみを傷つけるのをわたしは見た
それでもきみはわたしの叫びののなかにきみの叫びを聞きとらない
きみはわたしに耳をかさない
わたしはきみの傷口をまともに見つめる男だ
おのれ自身が描かれる鏡のように
わたしはきみの癩を噛みとりきみの火を燃やす男だ
わたしは明日のきみのすすり泣きを語る男だ
きみの血迷った頭をその二つの手のなかにかかえる男だ
わたしはきみのために砂漠で助けを呼びそののどは涸れ
その膝はかがみ その眼は蜃気楼に焼かれる男だ
あたりに冷たい水を探し 手のひらに数滴すくって よろめきながらもどってくる男だ
のどの渇いたとききみに自分の唾を与える男だ
わたしはきみのために手首を切る哀れな男だ
見たまえ見たまえ わたしは他者ではなくきみ自身だ
……
わたしはきみだ きみに言おう わたしはきみだ そしてきみのためにわたしは死ぬ
むごい沈黙 長い沈黙 そしてわたしはむなしく待つ
きみはわたしに耳をかさない
わたしは石の刃で足をすりむく
しかも苦しみがきみに与えられる場所にむかってわたしは歩いてゆく
わたしは息を切らし最後の力を使い果たしたわたしがきみに近づくと きみは道を変え てしまう
わたしは行く きみに向ってわたしは行く
ありようはあの山の国の幻覚に似ている
ひとはいつも頂上に辿りつくと信じ込んでいる
そこで登ってゆく登ってゆく すると頂上は向うに聳えている
登ってゆくきみといっしょに
そしてひとはまったくまだ斜面の高みにも到達していない
……
わたしは行くきみに向ってわたしは行く疲れを越えて
たとえわたしのこめかみが裂けようと たとえわたしが
雷にうたれた樫の木で 切り倒されねばならぬとしても 仕方がない
きみはわたしに耳をかさない きみはわたしの足音を聞いてくれない…
(「エルザの狂人」より)
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