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『ランボオ』 ブリュッセルの悲劇 3

ここでは、「『ランボオ』 ブリュッセルの悲劇 3」 に関する記事を紹介しています。


 六月の初め、ヴェルレーヌはこういう生活をおしまいにしようと決心した。彼はランボオから逃げだす計画をひそかに練った。その計画を実行する日が来る。
 六月三日水曜日、ヴェルレーヌは片手に油の壜(びん)をぶらさげ、もう一つの手に鰊(にしん)をもって市場から帰ってきた。その格好を窓から見ていたランボオが叫んだ。
 「油と魚をぶらさげて、まるで尼っ子のようだぜ!」
 この気に障る失敬な嘲笑が、ヴェルレーヌが行動を起こすきっかけとなった。彼はさっそく旅行鞄を手にして外へ出た。ランボオはあっけにとられて、大股に遠ざかってゆくヴェルレーヌのうしろ姿を見送っていた。やがてそれが冗談でないことに気がつくと、彼のあとを追った。ヴェルレーヌはセント・カサリーン・ドックの波止場から、ベルギーのアントワープ行きの船に乗った。正午にサイレンが鳴って船が出た。ランボオは波止場にひとり残された。一文なしで、途方に暮れて。

 ランボオは翌日どこへ送るという宛先もわからずに手紙を書いて、ヴェルレーヌが自分をゆるしてくれるようにと懇願する。彼は自分のあやまちを認め、自分の友情を吐露し、ヴェルレーヌの欲するどこへでも行って一緒になるつもりだと伝える。さもなければ、ランボオは軍隊か海軍に入ってしまうと告げる。

 翌日、ヴェルレーヌが船の上で書いた手紙がとどいた。手紙は悲壮な調子で、じぶんの執った行動はたんなる失踪ではなく、ランボオとの決定的な絶交を意味すると説明する。「もしもこれから三日のうちに、完全な条件で妻といっしょになれなかったら、ぼくはピストルで頭を撃ちぬいて自殺する……」さらに追伸はきっぱりとしたものであった。「いずれにせよ、ぼくらはもう二度と会うことはないだろう」そして彼は、三日間有効のブリュッセル局留郵便という宛先を知らせてきた。

 この絶交状を読んで、ランボオは怒りに燃えた。こんどは調子のちがう、激しい手紙を書く。「きみの妻君が、三カ月のうちに、三年のうちに、来るか来ないか、そんなことはぼくの知ったことか。くたばるなんて言ったって、ぼくはきみをよく知っているのだ」。それから、ヴェルレーヌの将来について警告する。
 「これから永年にわたって自由を失い、怖るべき退屈に見舞われて、きみは後悔するだろう……そのとき、ぼくを知る前のきみがどんなだったか、思ってもみたまえ」
 ランボオはロンドンを離れてパリへ行くつもりであった。
(つづく)

(新日本新書『ランボオ』)

残骸

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