FC2ブログ

『ランボオ』 ブリュッセルの悲劇 1

ここでは、「『ランボオ』 ブリュッセルの悲劇 1」 に関する記事を紹介しています。
ブリュッセルの悲劇



 ふたたびロンドンに行ったヴェルレーヌとランボオは、グレート・カレッジ・ストリート八番地──こんにちのロイヤル・カレッジ・ストリートに部屋をみつけた。アレキサンダー・スミス夫人の家の一室で、住み心地がよかった。あたりは多くの芸術家たちが住んでいる街で、初め二人は静かな日日を送る。ランボオは例の『異教徒の書』の草稿に手を加えたり、大英博物館の閲覧室へ読書にでかける。ヴェルレーヌも詩作と読書にとり組む。
 二人は、いつまでもヴェルレーヌの母親の仕送りで暮すわけにはゆかず、フランス語の家庭教師の口をみつける。のちの一八七三年七月十二日、ブリュッセルの予審判事の「あなたはロンドンでどうやって暮らしていましたか」という質問にたいしてランボオは答えている。「主として、ヴェルレーヌ夫人が息子に送ってきたかねで暮らしていました。わたくしたちはまた二人でいっしょにフランス語の教師をしていましたが、大したかねにはならず、週に一二フランでした。」
 しかし、うわべの静けさの下に、火がくすぶっていた。その頃の二人の共同生活の模様は、「放浪者たち」(『イリュミナシオン』)のなかにもこれを見ることができる。

 「哀れな兄き!おかげで、おれはどれほど辛い、眠れぬ夜を過ごしたことか!《こんな放浪の企てに、おれはこころから熱中したわけではない。おれはかれの弱さをからかっていたのだ。おれのあやまちで、おれたちはまた流浪の身となり、奴隷の身におちるのかも知れぬ》兄きは、おれをとても風変りな、不運な男、無邪気な男と決めて、いろいろ気をもたせる理屈を並べたてたものだ。おれはあざ笑いながら、この悪魔的な先生に口答えして、窓べへゆくのがおちだった。おれは、奇妙な楽隊のよぎってゆく野の彼方に、未来の豪奢な夜のまぼろしを想い描いていた。
こんなわずかに衛生的な気晴らしのあと、おれは藁ぶとんの上に横になった。すると、ほとんど毎晩のように、眠ったかと思えば、哀れな兄きは起きあがり、腐ったようなくさい口で、眼をむきだし──まるで自分の夢でも見ていたように──おれを部屋のなかに引きずり出すのだった。白痴のばかげた悲しいたわごとをわめきながら。」
(つづく)

(新日本新書『ランボオ』)

大水

関連記事
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://oshimahakkou.blog44.fc2.com/tb.php/4204-3595b783
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック