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しかしこんにち情勢は逆転する。その劣等人種が、「すべてを奪い返」したのである。
「……劣等人種はすべてを蔽った──いわゆる人民を、理性を、国家を、そして科学を!おお、科学!すべてが奪い返された。……
科学、新しい貴族!進歩。世界は進む。なぜ逆廻りしないのか」
ここにふたたびコミューヌの頃のランボオの言葉、思想が顔をのぞかせている。「なぜ逆廻りしないのか」という言葉は、ガリレオの「けれども地球は廻っている」という言葉にたいする皮肉なのである。
「おれはヨーロッパから出て行くのだ。海の潮風がおれの肺を灼くだろう。ひどい気候がおれの肌を褐色になめすだろう。……
『おれは帰ってくるだろう、鉄のような手足をして、暗くくすんだ肌で、眼をぎょろつかせて。おれのつら構えを見て、ひとは強い逞しい人種だと思うだろう。おれは金をため、ぶらぶら遊び暮らし、狂暴にふるまうだろう。熱帯をかけめぐって帰ってきた、この凶暴な病人を、女たちは介抱してくれるだろう。おれは政治問題に巻きこまれるだろう。そうしてやっと救われるのだ」
ここでランボオは、またしてもおのれの将来を──その後に実際に送ることになる、エチオピアの砂漠での生活を予言的に描いている。まるで熱帯をかけめぐれば、「劣等人種」も「強い逞しい人種」になれるものと信じこんでいたように。
そしてまた子供の頃や過去の思い出が現われる。
「まだほんの子供の頃、いつも徒刑場に閉じこめられている、手のつけられぬ徒刑囚に、おれはうっとりと見とれたものだ。徒刑囚が泊って、祝福した宿屋や木賃宿をものめずらしそうに見に行った。おれは徒刑囚の気持ちになって青空を見あげたり、田舎の生き生きとした野良仕事を眺めたりした……。
……おれは激昂した群衆の前で、死刑執行班に面とむかって立っていたこともある。彼らの理解することのできぬ不幸に泣きながら、しかもゆるしながら!──まるでジャンヌ・ダルクのように……」
「手のつけられぬ徒刑囚」というのは、子供の頃によんだユゴーの『レ・ミゼラブル』の主人公ジャン・バルジャンを指すといわれる。この章には、ふたたび反抗にたいするランボオの讃美がみられる。「おれは激昂した群衆の前で、死刑執行班に面とむかって立っていたこともある」というイメージは、死刑執行班の前に立ったコミューヌ戦士のイメージに重ならずにはいないだろう。ランボオの反抗は根深く、根本的だったのである。
さて、一八七三年五月二十五日、ランボオはヴェルレーヌと連れ立って、リエージュとアントワープを通って、ふたたびロンドンへと向かう。ロッシュにはおよそひと月滞在したに過ぎない。くされ縁とも見える二人の詩人の関係も、こうして破局へと向かう。
(この項おわり)
(新日本新書『ランボオ』)
しかしこんにち情勢は逆転する。その劣等人種が、「すべてを奪い返」したのである。
「……劣等人種はすべてを蔽った──いわゆる人民を、理性を、国家を、そして科学を!おお、科学!すべてが奪い返された。……
科学、新しい貴族!進歩。世界は進む。なぜ逆廻りしないのか」
ここにふたたびコミューヌの頃のランボオの言葉、思想が顔をのぞかせている。「なぜ逆廻りしないのか」という言葉は、ガリレオの「けれども地球は廻っている」という言葉にたいする皮肉なのである。
「おれはヨーロッパから出て行くのだ。海の潮風がおれの肺を灼くだろう。ひどい気候がおれの肌を褐色になめすだろう。……
『おれは帰ってくるだろう、鉄のような手足をして、暗くくすんだ肌で、眼をぎょろつかせて。おれのつら構えを見て、ひとは強い逞しい人種だと思うだろう。おれは金をため、ぶらぶら遊び暮らし、狂暴にふるまうだろう。熱帯をかけめぐって帰ってきた、この凶暴な病人を、女たちは介抱してくれるだろう。おれは政治問題に巻きこまれるだろう。そうしてやっと救われるのだ」
ここでランボオは、またしてもおのれの将来を──その後に実際に送ることになる、エチオピアの砂漠での生活を予言的に描いている。まるで熱帯をかけめぐれば、「劣等人種」も「強い逞しい人種」になれるものと信じこんでいたように。
そしてまた子供の頃や過去の思い出が現われる。
「まだほんの子供の頃、いつも徒刑場に閉じこめられている、手のつけられぬ徒刑囚に、おれはうっとりと見とれたものだ。徒刑囚が泊って、祝福した宿屋や木賃宿をものめずらしそうに見に行った。おれは徒刑囚の気持ちになって青空を見あげたり、田舎の生き生きとした野良仕事を眺めたりした……。
……おれは激昂した群衆の前で、死刑執行班に面とむかって立っていたこともある。彼らの理解することのできぬ不幸に泣きながら、しかもゆるしながら!──まるでジャンヌ・ダルクのように……」
「手のつけられぬ徒刑囚」というのは、子供の頃によんだユゴーの『レ・ミゼラブル』の主人公ジャン・バルジャンを指すといわれる。この章には、ふたたび反抗にたいするランボオの讃美がみられる。「おれは激昂した群衆の前で、死刑執行班に面とむかって立っていたこともある」というイメージは、死刑執行班の前に立ったコミューヌ戦士のイメージに重ならずにはいないだろう。ランボオの反抗は根深く、根本的だったのである。
さて、一八七三年五月二十五日、ランボオはヴェルレーヌと連れ立って、リエージュとアントワープを通って、ふたたびロンドンへと向かう。ロッシュにはおよそひと月滞在したに過ぎない。くされ縁とも見える二人の詩人の関係も、こうして破局へと向かう。
(この項おわり)
(新日本新書『ランボオ』)
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