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ロンドンへ

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ロンドンへ

1.
 初め、ランボオとヴェルレーヌの友情は彼らに大きな悦びを与え、詩作上の刺戟ともなった。やがて彼らの関係は苦痛、苦悩、はげしい嫉妬の原因となり、同性の二人は深く傷つけあうようになる。『地獄の季節』のなかの「地獄の夫と気狂い娘」は、こういう情況の緊張と苦悩を現わしている。この章は一般に二人の関係を描いたものとみられているが、ここでも、ランボオが知的にも感情的にもヴェルレーヌを支配していたことがうかがわれる。「気狂い娘」とその繰り言は、優柔不断で泣き虫のヴェルレーヌの姿を忠実に示している。まさにその泣き言、涙もろさ、絶えざる告白癖、その弱さが、ランボオを絶望させたのである。「気狂い娘」の繰り言をきこう。
 「……そうです、わたしはむかしは真面目な女でした……あの人はほとんど子供でした……彼の不思議な気むずかしさがわたしを誘惑したのです。わたしは人間の義務を忘れて、彼のあとをついてきたのです。なんという生活でしょう!ほんとうの生活などはないのです。わたしたちはこの世界にはいないのです。彼の行くところへわたしはついて行きます。そうしなければならないのです。ときどき彼はわたしに、哀れな魂であるこのわたしに、怒鳴りちらすのです。悪魔め!──あれは悪魔です。人間などではありません。」
 ヴェルレーヌは次第にランボオへの依存関係を深め、ランボオの愛に飢える。「わたしはますます彼の優しさに飢えたのです。彼に接吻され、親しく抱きしめられると、わたしはもう天国に、ほの暗い天国にのぼった思いで、そこに、哀れな者として、何も聞かず、何も言わず、盲目のままで、じっとしていたかったのです。わたしはもうそういう習慣になっていたのです……」
 ヴェルレーヌとランボオは、ふた月のあいだベルギーをさまよった後、九月七日、ドーバー海峡をわたってロンドンに行く。すべてその場の思いつきであり、風まかせの気まぐれな放浪である。ロンドンで、彼らはヴェルレーヌの旧友で画家のフェリックス・レガメエを訪れ、画家はよれよれの服を着た二人の詩人の姿を描いたデッサンを数枚のこしている。ぼろ服を着た二人の詩人が、二人をうさんくさそうに見やるロンドンの警官の前を、ぶらぶら街歩きをしている図も残っている。
 彼らはまたロンドンで、有名なコミュナールのウジェヌ・ベルメルシュに会い、その紹介で、やはり亡命中のコミュナールであるリサガレ、ジュル・アンドリゥ、カミィユ・バレールなどとも会っている。この人たちは活動的なグループをつくっていて、警察から眼をつけられていた。
 二人はロンドンの名所を見物して歩いたり、博物館を訪れる。とりわけランボオは大英博物館の閲覧室を訪れている。彼はロンドンの空を、「ガラスのような灰色の空」(「メトロポリタン」)、「まるで喪の海がつくったような陰鬱な黒い煙りに覆われた空」とノートに書く。『イリュミナシオン』の「都市」もロンドンの思い出によって書かれているようである。

(つづく)

ロンドンへ
ランボオとヴェッレーヌ(レガメエ画)


(新日本新書『ランボオ』)


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