ランボオとヴェルレーヌと
(1)
ところで、ニコレ街のモーテ邸では雲行きが険悪になっていた。ランボオが現われて以来、ヴェルレーヌは昼から出かけて、夜はおそく酔っぱらって悪い眼つきで帰ってくる。マチルデとの間にはげしい夫婦喧嘩が起こる。マチルデはまったくちがった環境で育ったので、詩人の感性を思いやるどころか、ヴェルレーヌの激昂に拍車をかけた。子供が生まれたが、それも彼をマチルデに結びつけるには役立たなかった。こうしてすでにマチルデの両親のすすめで別居の手続きが始められた。──マチルデはこの不幸のすべての責任をランボオの出現に帰している。「楽園の一年、それから地獄の一年、そして絶えることのない苦しみ」(『回想録』)と彼女は書いている。
彼女はまだ、世人の眼に明らかになっていた事態に気がつかなかった。そのとき、ヴェルレーヌはランボオとほんとうの世帯をもっていたのだ。カンパーニュ・プルミエール街の屋根裏部屋は、二人の天才詩人の夜の祭りに都合よかった。ヴェルレーヌの将来を案じて、友人のルベルチェは、サチュルヌスの詩人が若い娘ランボオ嬢に腕をかして、テアトル・フランセの休憩室を歩いている、とペンネームで書きふらした。それは燃えひろがらぬように火を消すためであったが、最悪の事態を予告するように見えた。
そのときヴェルレーヌは二十七歳だったが、世代のちがいも二人を引き離さなかった。最初の近づきが過ぎると、もう保護する側も保護される側もなかった。二人の詩人は、放浪無頼のなかに酔いどれて相棒となる。二人の詩的密猟者は、おなじ隠語と子供っぽさで詩的追求をつづける。そして、カルチェ・ラタンをさまよっていたこの無作法者のあとをついていったのは、ヴェルレーヌだった。
(つづく)
(新日本新書『ランボオ』)
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