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ランボオ パリ(1)

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パリ

 一八七一年九月、ランボオはパリの東駅に着いたが、迎えのだれにも会えず、そのままヴェルレーヌの家に行った。家はモンマルトルの丘の中腹、ニコレ街一四番地、門構えと庭園のある、ちょっとした邸宅であった。妻マチルデ・モーテの両親の家で、ヴェルレーヌもそこにいっしょに住んでいた。
 そのときヴェルレーヌは二十六歳で、前年にマチルデと結婚したばかりだった。彼女はいわゆるブルジョワの良家の娘で、美しくて無邪気だったが、思いやりに欠けていた。彼女はランボオと同じく十六歳であった。二人の結婚式には、のちにコミューヌの「赤い処女」といわれたルイズ・ミッシェルも出席している。モンマルトルで小学校教師をしていたルイズは、マチルデの父親モーテ氏と知り合いだったからである。この結婚はヴェルレーヌにとってたいへんよいものであった。彼はかなり波瀾に富んだ青春を送り、たいへんな酒飲みであった。酔っぱらうと酒癖がわるくて、荒れて狂暴になった。もうかなりのアルコール依存症だったのだ。すでに数回、夫婦喧嘩をひき起こしていたが、その頃までは大したこともなくすんでいた。

 妻の家、モーテ・ド・フルールヴィル家は裕福なブルジョワの家柄で金利生活者であった。モーテ氏はなんにもせずに、趣味にふけって暮らしていた。
 マチルデの母親モーテ夫人は、芸術を解し、芸術家が家に出入りすることを誇りとしていた。彼女じしん有名な音楽の教授で、一八七一年には若きドゥビシーもその弟子だった。教養あるブルジョワ夫人として、彼女はひとり娘をすぐれた詩人と結婚させてよろこんでいた。ヴェルレーヌが非常識で、無作法だといううわさが耳にきこえてきても、彼女はパリ生活における避けがたいトラブルを結婚がさばいてくれるものと信じていた。彼女はまた若い才能をみいだしてこれを励まし、みずから芸術の庇護者(パトロン)に任じていた。ヴェルレーヌがランボオについて──文学の地平に突如として現われたこの新しい星について語るのを、彼女は興味ぶかく聞いた。彼女はこの若い詩人を最初にみとめ、彼が自分の家からデビューし、自分が有名な詩人アルチュール・ランボオをみんなに紹介することを夢に思い描いた。そしてこの若い友人を家に招いて泊めようと言いだしたのも彼女自身だった。「彼女はどんな狼をじぶんの羊小屋に招き入れようとしていたのか、想像もつかなかった」(スターキー)……やってくるのはどんな詩人だろう? 彼女はじぶんの青春時代にあこがれた詩人たち、ユゴー、ミュッセ、ラマルチーヌなどの優雅な姿を思い描いた。少くとも、気品のある客人であることを彼女は期待していた。エレディアのように征服者然としていないまでも、マラルメのように学校の先生として振るまうかも知れない……。
(つづく)

新日本新書『ランボオ』

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