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「酔いどれ船」(2)ヴェルレーヌの手紙

ここでは、「「酔いどれ船」(2)ヴェルレーヌの手紙」 に関する記事を紹介しています。
(2)ヴェルレーヌの手紙

 三日経っても四日過ぎても返事は来なかった。辛抱しきれずにいらいらしたランボオは、もう一度手紙を書いた。そこには、「わが小さな恋人たち」「パリのどんちゃん騒ぎ」などの詩が同封された。
 ヴェルレーヌの返事を待ちながら、彼は大きな詩「酔いどれ船」の制作にとりかかった。
 ──ランボオは兄といっしょに、ムーズの岸につながれた小舟に乗り、急激に舟を揺すって、波を荒立てて、荒海を渡る感じを味わって喜んだといわれる。「アルチュールは舟のなかに腹這いになって、波がだんだん静まって平らになるのを見ていた。かれの眼は食い入るように深い水にじっと注がれていた」(ドゥラエ)。そこからまず「幽霊船」という古いテーマが浮かんできた。このテーマはまた、その頃レオン・ディエルクスという詩人が『パルナッス・コンタンポラン』誌で取り扱ったばかりであった。ランボオはその発想を借りただけで、正確にいえは、このテーマを自分の身にひきつけて、自分の体験、心境の表現に用いたのである。荒れ狂う冷酷な空の下を、紺青の水のなかに躍り出してゆく酔いどれ船は、もやい綱から解き放たれたランボオ自身であり、彼の魂である。

 九月十八日頃、ランボオの天才を見ぬいたヴェルレーヌの有名な手紙がとどいた。──「やって来たまえ。偉大な魂よ、われらはきみを呼び、きみを待つ。」旅費のための為替が同封してあった。パルナシアンの詩人たちのカンパで集められたものである。
 出発の前日、彼はドゥラエといっしょに郊外へ最後の散歩に出た。森のはずれにくると、彼はポケットから紙片をとり出して言った。
 「聞いてくれ給え。ぼくが向こうへ着いたら、連中に進呈するために書いたものだ」
 彼は「酔いどれ船」を朗読した。感激したドゥラエはこの詩の成功と栄光をうけあった。
 「そうだ、まだこのようなものを書いた者はいない。だが……ぼくは自分を抑えることができない。不器用で、臆病で、ぼくは話し方も知らない。おお、思想の点なら、だれをも怖れはしないが……ああ、あそこへぼくは何をしに行くのだろう?」
詩「酔いどれ船」へつづく

(新日本新書『ランボオ』)

ランボオ写真17才

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