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「酔いどれ船」(1)

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「酔いどれ船」

(1)
 一八七一年の夏を、ランボオは友達のドゥラエといっしょに、シャルルヴィルやその郊外をぶらついて過した。見るものすべてが、吐気を催すような嫌悪、束縛への憎悪を彼に呼びおこした。とりわけ、プロシャ軍のパレードに出っくわすと彼は激怒した。「やつらはくたばるがいいんだ、自分の勝利で!」
 ところで、二人にはまだ子供のいたずら好きが残っていて、彼らは腕白ぶりを発揮する。ランボオはまだ十六歳である。ドゥラエの語るところによれば、彼らはメジエールの教会の鐘楼にのぼったり、レオポルド二世王領地に煙草を調達しに入りこんだりした。実際、哀れなランボオは、ドゥラエやブルターニュのおかげで、やっとパイプをふかすことができたのである。彼の収入は週二スーで、それも日曜日のミサの、教会の椅子使用料として母親が与えるものであった。
 八月も終わり、木の葉は黄色くなって秋の訪れを告げた。秋になれば、新学期が始まり、恐らく寄宿寮に入らなければなるまい。「見者」の詩学をうちたてたばかりの詩人は、しかし自分の立場の悪いことに気がついた。イザンバールは彼の「見者」の詩学を嘲笑していた。デム二も彼を理解することはできなかった。「鉄のように」強情で一徹な母親は、息子にたいしてますますきびしかった。──ランボオはいまや決定的な決意を迫られていた。そうだ、パリに出て仕事を探そう。日給一五スーの労働者になろう。なんでもいいのだ。この一年来、耐え忍んできた生活にくらべれば、それよりももっと悪い生活などはありえない……。
 その頃の自分の状況、心境を、彼は八月二十八日付のデムニ宛の手紙に書いている。
 「……刑事被告人の立場だ──この一年来、きみも知っての理由で、ぼくは普通の生活から離れてきた。何んとも言いようのないこのアルデンヌの地に絶えず閉じこめられ、ひとりの男とも付きあわず、恥ずかしい、役にもたたない、しつっこい、神秘的な仕事にうち込んでいて、粗野で意地悪な叱責や質問にはただ沈黙で答え、不法なぼくの立場にふさわしく振舞って、ぼくはとうとう、鉛のかぶとをかむった七三人の役人同様に頑固一徹な母親の冷酷な決断を呼びおこしてしまった……」
 母親の願いは、ランボオが相変らずシャルルヴィルで職について働くことであった。さもなければ、彼が家から出て、出奔することを望んでいた。そうなれば、「一文なしで、世間知らずのぼくは感化院にでも入るのが落ちだろう……」
 彼は働かねばならない立場にいながら、一方では「働くなんて、いまはとてもとてもできない。ぼくはストライキ中だ」と書く。
 ランボオは自分の苦境をブルターニュに訴えた。三十五歳のオゥギュスト・ブルターニュは、ランボオとは酒場における飲み友達であり、文学仲間であって、ずっと年下のランボオの常軌を逸した言行に拍手を送っていた。このひとのいいおやじは言った。
 「おれは詩人のポール・ヴェルレーヌをよく知っている。彼なら、たぶん何かきみの役に立ってくれるだろう。」
 「それでは彼に詩を送ってみよう?」──ランボオは幸福に顔を赤らめながら言った。そして言うと同時にそれを実行する。実直で優秀なドゥラエがさっそくカフェーのテーブルの上で、ランボオの数篇の詩をコッピイする。一方ランボオは長い手紙を書く。こうしてブルターニュの紹介状と数篇の詩を同封した手紙は、「パリ、ショアズール小路四七番地ルメール書店気付」で、ポール・ヴェルレーヌ氏に送られた。
 すでにランボオはヴェルレーヌをたいへん尊敬していた。前年の夏休み、彼はイザンバールの書斎で、ヴェルレーヌの『憂鬱な詩集』『艶なる宴』などを読んでいたのだ。
(つづく)

新日本新書『ランボオ』

軽井沢


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