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コミューヌが敗北して (2)あれはおれたちにとって何んなのか

ここでは、「コミューヌが敗北して (2)あれはおれたちにとって何んなのか」 に関する記事を紹介しています。
(2)あれはおれたちにとって何んなのか

 ランボオの夢みたように、世界は新しくは変わらなかった。
 ──世の中はすべてもとに戻り──むかしの淫売宿に/むかしどおりのどんちゃん騒ぎがおっ始まる/ガス燈が 熱にうかされたように不気味に燃える/赤く血に染まった城壁に 蒼ざめた空にむかって!(「パリのどんちゃん騒ぎ」)。

 彼はその苦い敗北感を、「あれはおれたちにとって何んなのか」という詩のなかに、怒りをこめて書いている。この詩は一八七一年の末頃か一八七二年内に書かれたとみられている。したがって、コミューヌ弾圧者たちにたいする怒りは、コミューヌ敗北後もなかなかに消えなかったのである。

    あれはおれたちにとって何んなのか

  あれはおれたちにとって何んなのか おれの心よ
  あの血の海 火の海 ものすごい虐殺 怒り狂った
  叫び声 秩序をひっくり返す地獄のうめき声
  そして廃墟のうえを吹きまくる北風と復讐とは?

  復讐だって? 何もない……だがおれたちは復讐したい
  実業家ども 王公ども 上院議員ども くたばれ!
  権力よ 正義よ 歴史よ 消えうせろ! それはおれたちの
  当然の要求だ 血だ 血だ 黄金色の炎だ!

  みんな出てゆく 戦争へ 復讐へ 恐怖へ
  おれの心よ 傷口のなかへ引きかえそう
  ああ 消えうせろ この世の共和国ども!
  皇帝 軍隊 移民 民衆 もうたくさんだ!

  おれたちが兄弟と思う連中とおれたちのほか
  燃えさかる火の渦巻を だれがあふれるものか
  奇抜な友らよ それこそがおれたちにふさわしいのだ
  おお 火の波よ! おれたちは断じて働くまい

  ヨーロッパよ アジアよ アメリカよ 消えうせろ!
  おれたちの復讐の行進は すべてを占領した
  都市も田舎も! ──だがおれたちは粉砕され
  火山は 爆発するだろう! そして大洋は荒れ狂い……

  おお仲間たち!――たしかに彼らは兄弟だ!
  見知らぬ黒ん坊たちも! どうなろうとさあ行こう
  何んということだ 気がつけば古い大地が震える
  おれの上に 次第にきみらの上に! 大地が崩れかかる

    何んにも起りはしない おれはここにいる 相変らずここにいるのだ

 この詩は無題であったが、のちにパテルヌ・ペリションによって「めくるめき(Vertige)」と名づけられた。それは「言葉の錬金術」のなかの「おれは沈黙を夜を書きとめた。説明しがたいものを書きとった。めくるめきvertigesを定着させた……」という章句にのっとって、名づけられた。
 この詩にみられる激しい革命的な調子は、コミューヌ敗北後もまだ消えやらぬ、コミュナールとしてのランボオの革命的熱狂を示している。彼はコミューヌの兄弟たちと同じように、「王公ども」「上院議員ども」などの支配勢力の消滅と破壊をねがうと同時に、その社会のあらゆる形式──「軍隊、移民、民衆」にたいする嫌悪をも表白する。さらにその憎悪は、「ヨーロッパよ アジアよ アメリカよ 消えうせろ!」といって、文明の諸大陸へと向けられる。これはまったくアナーキスム(無政府主義)の詩であり、全的な反抗の詩である。

  おお 火の波よ! おれたちは断じて働くまい

 この「おれたちは断じて働くまい」は、ランボオによるブルジョワ社会にたいする拒否を示すことばで、それはすでに一八七一年五月十三日付のイザンバール宛の手紙のなかにも、「働くなんて、とてもとても」と書かれていたし、やがて『地獄の季節』のなかに「おれはあらゆる職業が大嫌いだ」と書かれることになる。反動期のなかでランボオは革命的希望を失うにいたるが、しかしブルジョワジーを徹底的に拒否するのである。ここにボードレールの場合との決定的なちがいがある。
(つづく)

新日本新書『ランボオ』)

ランボオ

ファンタン・ラトゥール「テーブルの隅」のための素描(1872年)



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