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落花生の収穫(3)

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 ダオは旧正月の二週間あと、年が変わってすぐにディエンビエンフーの国営農場へやって来たのだった。彼女は過去の生活を忘れるために、住み慣れた土地をとても遠く離れて、くたびれた鳥のように、憩いの場を見つけたいと願っていた。未来については、予想しようとはしなかった。きっと、過去より幸福でもないだろうし、たぶん、もっと辛い失望を味わわなくてはならないだろう。小説の主人公は不幸そのものだし、女主人公は苦悩を耐え忍ばなければならない。運命とはそうしたもので、決してほかの道はなく、どうしても避けることはできないのだ。 
 ダオはユンイェンの生まれで、田を全然もっていないので、大豆粉をつくっていた。そして、敵軍の占領時代には、酵母を用意して、米から蒸留酒をつくった。彼女は十七歳で結婚したが、夫は賭博の常習者で借金で首がまわらなくなり、南部を放浪して歩いて、やっと一九五〇年に戻って来た。彼らはまたいっしょに暮らし、一人の子供をもうけたが、赤ん坊が二つの時に父親は死んだ。数ヵ月のち、こんどは子供の命が、破傷風で奪われ、彼女はそれ以来、全く一人で暮らした。家族もなく、肩にかついだ天秤棒の両端に全財産をのせて、放浪の生活を送った。とまるところが家で、横になるところが寝床だった。
 彼女はホンゲイやカムファに行って、苺(いちご)の実の摘み取りをやり、ラオカカイへ行って魚貝の行商をやり、かっこう鳥が収獲の時のきたことを知らせると、ハナムへ行って、茘枝(れいし)売りをした。六月頃には、生まれた村へ戻って、竜眼肉摘みをした。ある時はクオイシャムの市場で、チャンチュアの渡船場で、ある時はボー村の中で、ビやブオイの市場で、彼女の姿が見られた。夏にはつぎだらけのシャツを着、冬には、色褪(あ)せた綿入れの上着を着ていた。雨が降ろうが、陽が照ろうが、彼女は一日じゅう、どこにも止まらず歩きまわった。時たま、病気に引きとめられて、知り合いの家に伏せることがあると、彼女は湯気のたつ飯椀を手にして、小さなランプの灯がゆらめくのを見ながら、以前は自分も家庭と子供ときちんとした家事をもっていたことを思い出すのだった。 
今、彼女はいたるところがわが家でもあり、またどこにも家がなく、毎日の生活があらゆる苦労をのみこんでしまって、両足は、踏みつける石よりも頑丈だった。長い年月のさすらいの後に、美しい髪の毛は赤茶け、お歯黒ははげても塗りなおそうともせず、鏡の中の顔は日ごとに頬骨がとがって、しみはますますふえていった。彼女は生まれた村に戻りたくはあったのだが、迎え入れてくれる親戚が全くなかったのである。
(つづく)

(ベトナム短編小説集『サヌーの森』新日本出版社)

花


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