落花生の収穫
グェン・カイ
朝だった。雲が山のふもとを包み、ディエンビエンフーの平野を隠していた。けれども頂上はすっかり姿を現わしていて、葉の落ちた木々の幹が、はっきりと見分けられ、あちこちに苗(メオ)族の家の屋根が点々と白く見えた。
東の方では、地平線が、金色に染まって、かきの殻のようにきらきら光っていた。そしてそよ風が畑道の野生のタマリンドやにわとこの薄い葉をかすかに動かしていた。
ホンクムの丘の西には、労働者住宅の間の広い空地に、落花生畑が森の縁まで広がっていた。落花生や雑草やにわとこのくすんだ緑色の中に、藁屋根や茂った竹林の黄褐色が浮き上がって見えた。
ここは落花生畑のいちばんにぎやかな部分で、木のベダルを踏む足音だの、実を落とす三つの機械の心棒がぶんぶんうなる音だの、莢(さや)をかき寄せる熊手の音だの、地面から掘り起こして来て、にない台の上に積み上げた落花生の強い匂いだの、一晩じゅう雨ざらしになって、もう実を落として積んである落花生から発散する、息のつまるような湿気だのがいっぱいだった。
いたるところから、ほこりの薄い雲が立ちのぼり、てんとう虫の群れが、黄土色の斑点のある翅(はね)で空気をふるわせながら飛びまわっていた。
ペダルを踏む人々の上着はもう汗でぬれて、筋肉を浮きあがらせていた。六人の人間が、真ん中と左の機械を動かしていた。右側のは、一班のユァンと四班のダオだけで動かしていた。ダオは、一度会っただけでいつまでも記憶に残るような、そういう女性の一人だった。絶えず動いている細長い小さな目、そばかすのあるとび出た頬、お歯黒がはげて上の方が見えている糸切り歯、少しばかりつき出た唇。彼女は格子縞のネッカチーフで頭を包んでいて、それが、ととのっていない顔立ちをいっそう際立たせていた。
この美しからぬ女性のそばに立っているのは、労働青年同盟員で美青年のユァンで、二十五歳になり、健康と力にあふれていた。まるで筆で描いたようにほっそりとした漆黒の眉の下の明るい茶色の目が、仲間の方を向いた。
ダオのネッカチーフは汗でぬれて、目尻と鼻の頭の上に大きな滴が流れていた。彼女が喘ぐと、ふとった体はいっそう重そうに見えた。両足は疲れた様子を見せはじめていたが、彼女は大きな指でうしろの落花生の束をすばやくつかみつづけ、敏捷に、回転する枠の上に押しやっていた。ユァンは実を落とした落花生を脇に投げて、小声で言った。
「だいぶくたびれてきたんじゃない?」
ダオはきらきら輝く細長い目でちらと彼を見て、顎をしゃくった。
「あんた、自分に聞いてごらん。休みたいんでしょ?」
ユァンは白いきれいな歯を見せて、大笑いした。
「今にわかるさ!」
彼はペダルの上に左足をはげしくかけ、機械のリズムはいっそう速くなった。枠は落花生をぎしぎし押しつけ、実が真ん中の山の上に雨のように飛んでいった。ダオの全身は機械の躍動に乗って、肩の肉がぶるぶる震え、両手は、いっそうせわしく動いた。彼女は疲れきっていた。しかし、そばかすの散った頬骨は相変わらず尖り、細い目は挑戦するようにきらきら光っていた。十五分の休憩時間になった。ユァンは、ダオがまだペダルを踏んでいるうちに離れた。彼女は腰に手を当てて、まわりの人々を淋しそうに眺めた。
「休みなのね。わたし、今日はどうして頭が痛いのかしら。手も足もくたくただわ」
そしてユァンを振りかえってほほえみながら言った。
「若い人にはかなわないわ」
(つづく)
(ベトナム短編小説集『サヌーの森』新日本出版社)
グェン・カイ
朝だった。雲が山のふもとを包み、ディエンビエンフーの平野を隠していた。けれども頂上はすっかり姿を現わしていて、葉の落ちた木々の幹が、はっきりと見分けられ、あちこちに苗(メオ)族の家の屋根が点々と白く見えた。
東の方では、地平線が、金色に染まって、かきの殻のようにきらきら光っていた。そしてそよ風が畑道の野生のタマリンドやにわとこの薄い葉をかすかに動かしていた。
ホンクムの丘の西には、労働者住宅の間の広い空地に、落花生畑が森の縁まで広がっていた。落花生や雑草やにわとこのくすんだ緑色の中に、藁屋根や茂った竹林の黄褐色が浮き上がって見えた。
ここは落花生畑のいちばんにぎやかな部分で、木のベダルを踏む足音だの、実を落とす三つの機械の心棒がぶんぶんうなる音だの、莢(さや)をかき寄せる熊手の音だの、地面から掘り起こして来て、にない台の上に積み上げた落花生の強い匂いだの、一晩じゅう雨ざらしになって、もう実を落として積んである落花生から発散する、息のつまるような湿気だのがいっぱいだった。
いたるところから、ほこりの薄い雲が立ちのぼり、てんとう虫の群れが、黄土色の斑点のある翅(はね)で空気をふるわせながら飛びまわっていた。
ペダルを踏む人々の上着はもう汗でぬれて、筋肉を浮きあがらせていた。六人の人間が、真ん中と左の機械を動かしていた。右側のは、一班のユァンと四班のダオだけで動かしていた。ダオは、一度会っただけでいつまでも記憶に残るような、そういう女性の一人だった。絶えず動いている細長い小さな目、そばかすのあるとび出た頬、お歯黒がはげて上の方が見えている糸切り歯、少しばかりつき出た唇。彼女は格子縞のネッカチーフで頭を包んでいて、それが、ととのっていない顔立ちをいっそう際立たせていた。
この美しからぬ女性のそばに立っているのは、労働青年同盟員で美青年のユァンで、二十五歳になり、健康と力にあふれていた。まるで筆で描いたようにほっそりとした漆黒の眉の下の明るい茶色の目が、仲間の方を向いた。
ダオのネッカチーフは汗でぬれて、目尻と鼻の頭の上に大きな滴が流れていた。彼女が喘ぐと、ふとった体はいっそう重そうに見えた。両足は疲れた様子を見せはじめていたが、彼女は大きな指でうしろの落花生の束をすばやくつかみつづけ、敏捷に、回転する枠の上に押しやっていた。ユァンは実を落とした落花生を脇に投げて、小声で言った。
「だいぶくたびれてきたんじゃない?」
ダオはきらきら輝く細長い目でちらと彼を見て、顎をしゃくった。
「あんた、自分に聞いてごらん。休みたいんでしょ?」
ユァンは白いきれいな歯を見せて、大笑いした。
「今にわかるさ!」
彼はペダルの上に左足をはげしくかけ、機械のリズムはいっそう速くなった。枠は落花生をぎしぎし押しつけ、実が真ん中の山の上に雨のように飛んでいった。ダオの全身は機械の躍動に乗って、肩の肉がぶるぶる震え、両手は、いっそうせわしく動いた。彼女は疲れきっていた。しかし、そばかすの散った頬骨は相変わらず尖り、細い目は挑戦するようにきらきら光っていた。十五分の休憩時間になった。ユァンは、ダオがまだペダルを踏んでいるうちに離れた。彼女は腰に手を当てて、まわりの人々を淋しそうに眺めた。
「休みなのね。わたし、今日はどうして頭が痛いのかしら。手も足もくたくただわ」
そしてユァンを振りかえってほほえみながら言った。
「若い人にはかなわないわ」
(つづく)
(ベトナム短編小説集『サヌーの森』新日本出版社)
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