ぼくの馬(下)
ぼくたちが山へ来てひと月とたたないうちに、豚や鶏の蓄えが尽きた。米もなくなった。馬を屠殺し、野草といっしょに食べるほかはなかった。間もなく、六匹目の馬が屠殺され、それから、七匹目が、八匹目が……屠殺の銃声と、解体する時に脇腹につき刺す小刀の音を聞くたびに、ぼくの心ははりさけるようだった。チェ・マの運命が心配だったんだ。けれども彼の順番はまだまわってこなかった。それには十分な理由があった。部隊の中でぼくはいちばん小さく、やっと十二になったばかりだった。みんながぼくをかわいがってくれた。同志たちは、チェ・マは別にしておこう、野草で食いつないで、殺さないでおこうと話し合っていたのだ。
事態は悪くなっていった……その頃、ある寒い夕方、ぼくが丘の上でせっせとたんぽぽを摘んでいると、リュオンが呼びに来た。
「おーい、タン、鉄砲のたまをもって、おれといっしょに来いよ。猪を撃ちに行くんだ」
猪狩りと聞いて、ぼくはすっかり喜んでしまった。ぼくは弾丸を三発もって、リュオンのあとについて森へ行った。出かけてから十五分ばかりした頃、野営地の方で銃声が聞こえた。二発の銃声、あとは静まりかえっていた。ぼくはすぐ、そこに残っているチェ・マのことを考えた。両足の力が抜けるのを感じた。ぼくは気違いのようになってリュオンのそばをはなれ、大急ぎで駆け戻った。野営地に着くと、大勢の兵士、戦闘員や、わたしのような連絡係が、死んだばかりのチェ・マのまわりにいた。ぼくは、人の群れをかきわけて、泣きながら、ぼくの馬の頸にとびついた。馬の目は半ば見開かれ、少しばかりの血が、頭と胸の上をごくゆっくりと流れていた。全身はまだ温かだった……ぼくは泣いた。そして、まわりにいる部隊の同志たちを、はげしく罵った。看護婦のディェンさんが、ぼくを両腕に抱きしめた。彼女も泣いていた。
「泣くんじゃないのよ。あんたは、わたしたちが敵をうち倒すために生きのびてほしいと思う?それとも飢え死にしたほうがいいと思う?」
それから彼女はわたしの涙をふいて、なぐさめた。
「あんたの馬は、わたしたちの命のために死んだのよ。先で、わたしたちはまた、平地へ戻って行って敵と戦い、武器を奪いとるでしょ。人民が、わたしたちに人員と武器を送ってくれるわ……先で、わたしたちの兵士はもっとたくさんになるし、あんたは騎兵隊にはいって、ほかの馬を手に入れることになるのよ……」
「まわりの人々は、それぞれ、ぼくの悲しみをやわらげようと心を砕いた。ぼくはもう、ぼくの名馬、チェ・マをもっていなかった。ぼくは馬のことばかり思いつづけた。馬は死に、あとには、背に置いていた革の鞍と、麻袋が残された。ぼくは、記念に、鞍をぼくたちのテントの柱にぶら下げた。山の中に寒さがしみわたった。夜、ぼくはチェ・マの匂いと体温がまだいっぱいに残っている麻袋にくるまって寝た。ぼくはほかの馬のことを空想した。サーベルをきらめかせた騎兵部隊が、目の前に浮かびあがった。(完)
*チャン・コン・タン 1945年、10歳の時から人民解放軍の中で生活した。連絡員をつとめた後、解放軍の青年学校で学び、中部ベトナムからラオスにかけての多くの前線で戦った。1955年以来、部隊内の通信員として解放軍機関紙に寄稿。『ぼくの馬』はそういう作者の少年の日の思い出であろう。(解説)
(ベトナム短編小説集『サヌーの森』大島博光・荒木洋子訳 新日本出版社 1968年)
ぼくたちが山へ来てひと月とたたないうちに、豚や鶏の蓄えが尽きた。米もなくなった。馬を屠殺し、野草といっしょに食べるほかはなかった。間もなく、六匹目の馬が屠殺され、それから、七匹目が、八匹目が……屠殺の銃声と、解体する時に脇腹につき刺す小刀の音を聞くたびに、ぼくの心ははりさけるようだった。チェ・マの運命が心配だったんだ。けれども彼の順番はまだまわってこなかった。それには十分な理由があった。部隊の中でぼくはいちばん小さく、やっと十二になったばかりだった。みんながぼくをかわいがってくれた。同志たちは、チェ・マは別にしておこう、野草で食いつないで、殺さないでおこうと話し合っていたのだ。
事態は悪くなっていった……その頃、ある寒い夕方、ぼくが丘の上でせっせとたんぽぽを摘んでいると、リュオンが呼びに来た。
「おーい、タン、鉄砲のたまをもって、おれといっしょに来いよ。猪を撃ちに行くんだ」
猪狩りと聞いて、ぼくはすっかり喜んでしまった。ぼくは弾丸を三発もって、リュオンのあとについて森へ行った。出かけてから十五分ばかりした頃、野営地の方で銃声が聞こえた。二発の銃声、あとは静まりかえっていた。ぼくはすぐ、そこに残っているチェ・マのことを考えた。両足の力が抜けるのを感じた。ぼくは気違いのようになってリュオンのそばをはなれ、大急ぎで駆け戻った。野営地に着くと、大勢の兵士、戦闘員や、わたしのような連絡係が、死んだばかりのチェ・マのまわりにいた。ぼくは、人の群れをかきわけて、泣きながら、ぼくの馬の頸にとびついた。馬の目は半ば見開かれ、少しばかりの血が、頭と胸の上をごくゆっくりと流れていた。全身はまだ温かだった……ぼくは泣いた。そして、まわりにいる部隊の同志たちを、はげしく罵った。看護婦のディェンさんが、ぼくを両腕に抱きしめた。彼女も泣いていた。
「泣くんじゃないのよ。あんたは、わたしたちが敵をうち倒すために生きのびてほしいと思う?それとも飢え死にしたほうがいいと思う?」
それから彼女はわたしの涙をふいて、なぐさめた。
「あんたの馬は、わたしたちの命のために死んだのよ。先で、わたしたちはまた、平地へ戻って行って敵と戦い、武器を奪いとるでしょ。人民が、わたしたちに人員と武器を送ってくれるわ……先で、わたしたちの兵士はもっとたくさんになるし、あんたは騎兵隊にはいって、ほかの馬を手に入れることになるのよ……」
「まわりの人々は、それぞれ、ぼくの悲しみをやわらげようと心を砕いた。ぼくはもう、ぼくの名馬、チェ・マをもっていなかった。ぼくは馬のことばかり思いつづけた。馬は死に、あとには、背に置いていた革の鞍と、麻袋が残された。ぼくは、記念に、鞍をぼくたちのテントの柱にぶら下げた。山の中に寒さがしみわたった。夜、ぼくはチェ・マの匂いと体温がまだいっぱいに残っている麻袋にくるまって寝た。ぼくはほかの馬のことを空想した。サーベルをきらめかせた騎兵部隊が、目の前に浮かびあがった。(完)
*チャン・コン・タン 1945年、10歳の時から人民解放軍の中で生活した。連絡員をつとめた後、解放軍の青年学校で学び、中部ベトナムからラオスにかけての多くの前線で戦った。1955年以来、部隊内の通信員として解放軍機関紙に寄稿。『ぼくの馬』はそういう作者の少年の日の思い出であろう。(解説)
(ベトナム短編小説集『サヌーの森』大島博光・荒木洋子訳 新日本出版社 1968年)
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