ぼくの馬(中)
ぼくは成長して、八月革命の勃発を見た。まだごく若かったけれども、ぼくは人民軍の部隊に加えてもらえた。斥候隊だった。一九四五年のことである。三ヵ月の訓練ののち、ぼくは、任務と戦闘の伴侶である一匹の馬を与えられた。生まれてはじめての大きな幸福だった。
馬は「チェ・マ」(鉄の馬)という名前だった。そのたてがみ、そのしっぽは、ぼくの村のトン・バンの馬より、ずっと黒く、ずっとつやつやしていた。ぼくたちは、この馬を日本の騎兵隊からぶんどった。日本軍が降伏した時、馬は若きベトナム人民軍の中にいた。とても利口な動物だった。ぼくはひじょうに注意深くしこんで、弾丸のとんでくる時は地に伏したり、ジグザグに走って弾丸をよけたり、休んでいる時は気をつけの姿勢をしていたり、ぼくの命令で歩きだしたりするようにさせた。ぼくは、この馬を本当の戦友としてかわいがった。
*
ユエの戦線で敗北した時、解放軍は山の中に退却した。ぼくの属していた通信隊は、敵の背後にとどまって仕事をしていて、敵が部隊を集結した時に、道を遮断されてしまった。ぼくたちは馬に乗ったまま、ひじょうに困難な戦闘に突入しなければならなかった。チェ・マは 左の前脚に弾丸を受けながら、そのあとも、ほかの馬と全く同じように、いく度も、とてもすばやく地に伏せたり起き上がったりしていた。とうとう、ぼくたちは敵軍を突き抜けて、山の中の安全な地域に戻ることができた。
ぼくたちが着いてから数日の間は、刺すような寒さだった。飢えにも悩まされた。毎日、ぼくはチェ・マを森の中へ連れて行って、草を食わせた。少しばかりの柔らかな草や葦(あし)や木の葉などだった。ぼくの馬は腹をすかせていた。ぼくも、同志たちも、そうだった。マラリアが猛威をふるいはじめた。はじめに一人がかかった。それからみんなが間もなく発作におそわれた。チェ・マは、平地にいた時のような、四キロのとうもろこしと二キロのモミと百グラムの砂糖という毎日の飼料を取ることができなかった。日が暮れると、ユエの大砲がぼくたちの根拠地を撃ってきた。チェ・マは塹壕の中にやせた長い脚で立って、ふるえていた。そのしっぽの毛にはもうつやがなかった。長く引っばるいななきの声はどことなく物悲しかった。馬は森の枯れた木の葉を前にして、長いこと、よだれをたらした。そんな様子を見ると、ぼくは心配でたまらなかった。もし馬が死んでしまったら、わたしの任務はとてもやりにくくなるだろう。連絡に出かける時、チォ・ユオンチュイやホアミイやデュオンホアの基地の間のああいう峠を、わたしの短い足でどうして越えて行けようか。わたしは、馬のことを思いつめ、一度ならず涙を流した。(つづく)
(ベトナム短編小説集『サヌーの森』新日本出版社)
ぼくは成長して、八月革命の勃発を見た。まだごく若かったけれども、ぼくは人民軍の部隊に加えてもらえた。斥候隊だった。一九四五年のことである。三ヵ月の訓練ののち、ぼくは、任務と戦闘の伴侶である一匹の馬を与えられた。生まれてはじめての大きな幸福だった。
馬は「チェ・マ」(鉄の馬)という名前だった。そのたてがみ、そのしっぽは、ぼくの村のトン・バンの馬より、ずっと黒く、ずっとつやつやしていた。ぼくたちは、この馬を日本の騎兵隊からぶんどった。日本軍が降伏した時、馬は若きベトナム人民軍の中にいた。とても利口な動物だった。ぼくはひじょうに注意深くしこんで、弾丸のとんでくる時は地に伏したり、ジグザグに走って弾丸をよけたり、休んでいる時は気をつけの姿勢をしていたり、ぼくの命令で歩きだしたりするようにさせた。ぼくは、この馬を本当の戦友としてかわいがった。
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ユエの戦線で敗北した時、解放軍は山の中に退却した。ぼくの属していた通信隊は、敵の背後にとどまって仕事をしていて、敵が部隊を集結した時に、道を遮断されてしまった。ぼくたちは馬に乗ったまま、ひじょうに困難な戦闘に突入しなければならなかった。チェ・マは 左の前脚に弾丸を受けながら、そのあとも、ほかの馬と全く同じように、いく度も、とてもすばやく地に伏せたり起き上がったりしていた。とうとう、ぼくたちは敵軍を突き抜けて、山の中の安全な地域に戻ることができた。
ぼくたちが着いてから数日の間は、刺すような寒さだった。飢えにも悩まされた。毎日、ぼくはチェ・マを森の中へ連れて行って、草を食わせた。少しばかりの柔らかな草や葦(あし)や木の葉などだった。ぼくの馬は腹をすかせていた。ぼくも、同志たちも、そうだった。マラリアが猛威をふるいはじめた。はじめに一人がかかった。それからみんなが間もなく発作におそわれた。チェ・マは、平地にいた時のような、四キロのとうもろこしと二キロのモミと百グラムの砂糖という毎日の飼料を取ることができなかった。日が暮れると、ユエの大砲がぼくたちの根拠地を撃ってきた。チェ・マは塹壕の中にやせた長い脚で立って、ふるえていた。そのしっぽの毛にはもうつやがなかった。長く引っばるいななきの声はどことなく物悲しかった。馬は森の枯れた木の葉を前にして、長いこと、よだれをたらした。そんな様子を見ると、ぼくは心配でたまらなかった。もし馬が死んでしまったら、わたしの任務はとてもやりにくくなるだろう。連絡に出かける時、チォ・ユオンチュイやホアミイやデュオンホアの基地の間のああいう峠を、わたしの短い足でどうして越えて行けようか。わたしは、馬のことを思いつめ、一度ならず涙を流した。(つづく)
(ベトナム短編小説集『サヌーの森』新日本出版社)
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