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ぼくの馬(上)

ここでは、「ぼくの馬(上)」 に関する記事を紹介しています。
 ぼくの馬 
             チャン・コン・タン

 子供の頃、ぼくの家の前を、郡長のバンが馬に乗ってよく通った。ぼくは、馬の蹄のかつかつと鳴る音を聞くとすぐ、村の子供の一隊といっしょに大通りへ駆けつけた。ぼくたちのびっくりした目の前を、トン・バンの馬が速足で通り過ぎて行くのだった。 
 ぼくはこの馬に夢中になっていた。けれども、村中捜したって、どこでこんな馬をほかに見つけられようか。ぼくたちは檳榔子の葉を取ってまたがり、騎兵ごっこをした。これにもかなり熱中したが、かつかつと鳴る蹄の音がほしかった。ぼくは、米をとぐ棒で陶器の鉢をたたいて、蹄の音を出した。ある日、運悪く鉢を落として割ってしまった。ぼくは、母に、肝に銘じるほどぶんなぐられた。そのおかげで、檳榔子の葉にまたがった騎馬行列の遊びをやる気がしなくなった。何日かたって、郡長が速駆けで村を通って行った時、黒いみごとなたてがみをした馬のしっぽのうしろをぼくたちの一隊が追っかけていた。
 四つの鉄蹄が、ほこりをまきあげながら、道の上でかつ然と鳴っていた……うちへ帰っても、ぼくはまだそのことを考えていた。ぼくは飼犬のトーをつかまえ、鼻面の下にバナナの木の繊維でつくった綱をひっかけ、腹と胸にもう一本の綱をかけた。ぼくも、トン・バンとそっくり同じように、自分の手綱と自分の鞍をもったのだ。ぼくは乗馬にまたがり、膝を曲げて、足を犬の耳の上にのせた。そして棒を振りあげて、『ドゥ!ドゥ!」と叫んだ。ぼくの乗馬は、あまりの重荷に、唸るばかりで、前へ進もうとはしなかった。思うようにならないので、ぼくは犬の鼻面の真ん中を棒でひっぱたいた。あんまり苦しいので、ぼくの馬は振りむいて、ぼくの腿にかみついた。それから、バナナの木の繊維でつくった綱を次々にかみ破って、どこかへ行ってしまった。
 ぼくは、腿を四ヵ所もかまれ、ひどく血が出たが、母に知られるのがこわいので泣かなかった。仲間の連中が、粘土を包帯代わりにして、出血を止めてくれた。その時以来、ぼくはもう、騎兵ごっこをやらなくなった。けれども辛かった。どうして忘れることができよう。夜、ぼくは馬の夢を見た。食卓にいても、遊んでいても、どこでも馬の姿を空想した。ぼくの耳の中では、いつでも、馬の首につけた鈴の音が鳴っているような気がした。ぼくの目の前には、いつでも、つやつやした黒いたてがみやしっぽの毛が浮かんでいた。道を歩く時は、ほこりの雲をまきあげる四つの蹄の音を聞いていた。
(つづく)

(ベトナム短編小説集『サヌーの森』新日本出版社)

馬



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