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アラゴン「人民」

ここでは、「アラゴン「人民」」 に関する記事を紹介しています。



人民


(『アラゴン選集Ⅲ』──『眼と記憶』)

女神





 人 民
               ルイ・アラゴン
      大島博光訳

人民とは 通りすがりにふと口にする言葉だ
口にするやいなや ひとは通りすぎてしまう
そうしてそれは木いちごの中の黒い実のようだ
ひとはまたもの思いの中でその実を摘みにゆく

廻わりうごく車は もとのままではいられない
着ものはまたべつの服屋がもっても来よう
人民とは かつてドーミエが描いたように
いつも がたがたと揺られてゆく三等車なのだ

坐ったり立ったり めいめいささやかな夢をみて
ひじとひじをつき合せながら孤独で あたりに気も配らぬ
きのうのように きょうもあすもおんなじ歌
どんよりしたまなざしが ぼんやりとさまよう

汽車は出てゆく 人生も汽車も小刻みに揺れる
一日じゅうこき使われて 手にはほとんど残らぬ
この上なくな腕と たこのできた手とのよった顔
煙草をふかして 食べて眠って着るのが精いっぱい

時間表にあわせて 人びとは家へ帰ってゆく
とびはねる砂利にあわせて 肩を揺すりながら
夜 かれらはそのひとなみの眼でみつめるのだ
考え方ぐるみ 直さねばならぬこの世の悪を

おれたちは働くんだから からだを休めねばならない
それが 少しも思いどおりには行かないのだ
しかも女房は 靴のおかげで機嫌がわるいのだ
靴は毎日はくものだ ほしいのも無理はない

靴ははずんで 若もののように出かけてゆく
マリーよ それで思い出せよ おれたちの若かった頃を
おまえはまだ ちびすけを生むまえのマリーだった
おれたちは愛しあっていたから よくいだものだ

何もかもきちんと秩序正しく 結構うまく運ぶものだ
さあ 踏切の横木がひらいて汽車は走りさる
むこうのシグナルが ぱっと目をさます
あきらめきった人民は わが家へもどってゆく

あきらめきった人民とは 大まかすぎる言葉だ
道ゆく人を 足つきでおしはかるようなものだ
それは灰の下にある火を知らずにいることだ
手紙を読み流して 中みの言葉を忘れていることだ

新聞をポケットに入れて 口もきかずに立って
腕を宙に 吊り皮にぶらさがっている男
それは たとえば ありふれた勤め人か
あるいは鉄道員か または郵便局員だろう

この日ぐれ その男の沈黙の底でくすぶって
胸のなかでうみのようにうんでいるものは
やがてわなわなと身をふるわせる怒りとなり
額の青筋をふくれあがらせずにはいなかろう

その男の考えることは ふしぎにもよく似ているのだ
ほかの人たちの頭の中の あのぼんやりとしたりに
彼らはまだ知らぬのだ みんなで足なみをそろえて進むことも
仲間うちから 自分らの指導者を選び出すことも

だが山を流れくだった水が 大きな川となるように
必要は かれらの肩をおしやって教えるのだ
みんなが落ちあう道を 徒刑場のような労働をこばむ道を
流れは前へ前へと進みながら自分の河床を掘るのだ

それは人びとが自分の大事業に向かって荷積みすることだ
自転車乗りのように腰をあげて乗りだすことだ
目標に向かってみんなが頭を寄せ集めることだ
正確に計算された勢力となりきとなることだ

見るがいい わらの中で目をさます季節労働者たちを
夜も休みなしに 重い荷物が運ばれていく街道を
足もとの 胸をむかつかせる悪臭のなかで
砂糖大根を引っこぬいているひとたちを

町まちにバラックだての仕事場がつくられる
四方八方から 労賃の安い働き手たちが集まってくる
イタリア人スペイン人モロッコ人ホーランド人など
の選手たちのように どこから来たか分らぬ人たち

汗まみれの人間がとともに燃えあがる
おお モンドラゴン─ドンゼールの工事場の
鶴っぱしと運搬車よ 土と水とのぼう大な宙返りよ
大地とのレスリング ブルドーザーの回転木馬よ

労働はいれかわり立ちかわり夜までつづく
夜の奴隷部隊を照らす 探照燈の光の中に舞う砂ぼこり
悪夢のように一隊のあとにまた一隊がつづく
それはまた八分の三拍子で寄せては返えす海のようだ

この人間のたたかいの とてつもない壮大さ
そこに人の子はさいころのように投げこまれる
ひとのからだや力がどんなにへとへとになろうと
ひとの子はまた働いて しぼりとられるのだ

おお 人民よ 君は他人のために生活を造り変える
しかも きみの命は指の間から水のように流れさる
きみはキリストであると同時に使徒たちなのだ
やがて復活祭がきて きみのいさおしを讃えるだろう

もうすでにあけぼのは東の空を染めている
白みかけた寒い明け方 「キリストの墓」の戸口で
銃剣を抱いてねむっていた兵士たちは
いの下から立ち現われる「人間」を見た

兵士たちは夢ではないかと恐れおののいた
なんと もう夜明けなんだ もう自由なんだ
だが 鈍重な腕で眼を蔽い 呼びさまされた迷いを
もとにもどして また朝寝をきめこむものもあろう

わが人民よ うたぐり深い兄弟たちの眼を呼びさまして
その心をつかんで組織し 説得して言うがいい
みんなが要求する権利がある 舟乗りは港を
炭坑労働者は青空を 農民は照りつける太陽を

わが人民よ きみの母のゆがめられた手をとって
君の子供たちに約束された優しさをとりもどすがいい
未来はきみのものだ それをにも書きこむがいい
なんと牢獄の中でさえ君の眼は勝利に輝いていることか

人びとのくちびるも穂麦もおんなじ歌でざわめこう
おお 朝がたの群衆が大地を踏み鳴らす音よ
人びとよ きみたちをみちびくものを選び出すがいい
正しい言葉と確かな足どりとを選ぶがいい

すべてのアンナプルナがその雪のをそば立てよう
このみんなの夢が大きく育ってゆくのを見るがいい
かつてわたしは歌った「党はその人民をみちびく」と
そうして きみたち征服者はいうがいい「わが党よ」と

党 それは大文字で書かれることばだ
「党はその人民をみちびく」ということばを
わたしが口にするやいなや ほかの太陽は皆既日食となって
もうほかの太陽は わたしには無縁となるのだ

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